第148話 雑賀アウラ
シドウが中学に上がったあたりから、私は友人達との恋愛話を避けるようになった。
だって、言えるワケがない。誰にも。
七つも歳下の、しかも自分の弟に、本気で恋をしてるだなんて。
『おい鈍臭アウラ。そこの計算式間違ってるぞ』
シドウは小学校の頃から高校数学の問題を簡単に解けるような天才だった。
私もずっと成績は良い方だったけど、当然シドウには及ばなくて。昔はつまらない嫉妬心で、何日も口を利かずにいたこともあった。
『アウラは歩道側歩けよなー。鈍臭いんだから車に轢かれちまうぞ』
でも、人間……個人という意味合いでの他人に対して関心が薄かったシドウは、その分家族への愛情は強くて。取り分け私は父さんや母さんよりも一緒に居る時間が長かったし、崩界以降の滅茶苦茶になってしまった
そうやってシドウからの愛情を半ば独り占めして……特別な感情を抱いてしまうのも、必然だったのだと思う。
『オフクロは死んだよ。俺のせいだ』
四年前の旭川で母さんが亡くなったと聞かされた時は悲しかったけど、それ以上にシドウが生きていてくれたことの方が嬉しかった。
あの頃の私は殆どシドウに依存してて、彼の側に異性が居ることすら気に入らなくて。
馬鹿馬鹿しい話、私と同じようにシドウから愛されてた母さんにさえ、内心嫉妬していた。
……シドウが私を『アウラ』ではなく『姉貴』と呼び始めるようになったのは、母さんが亡くなる少し前。
そう呼ばれる度、私達は家族でしかないのだと現実を突き付けられてるようで、家族だからこそ愛して貰えているのだと言われているようで、おかしくなりそうだった。
『チッ、ふざけやがってレアの野郎……何が消える魔球だ、ホントに消えるやつがあるかってんだ』
シドウは本当に他人への関心が薄い。顔は絶対忘れないけど名前は殆ど覚えないし、多分あまり話も聞いてない。
そんなシドウの口から、高校で同じクラスになった同級生……レアちゃんの名前が出るようになった時は、これでいいと思った。
所詮私達は姉弟。どんなに望んでも一緒にはなれない。
正式に父さんの護衛と秘書に就いて、シドウと顔を合わせる時間を減らして、せめて人前では冷たい態度で接しようと振る舞って、いつか他の男を好きになって、この気持ちを忘れようとした。
でも──無理だった。
シドウがくれる愛情は毒のように甘くて、傷のように深くて、私を掴んで離さない。
会ってる時も離れてる時も、私は心のどこかでシドウのことを考え続けている。
──だから多分、今日ここで死ぬのは、私にとって悪くないことだと思う。
天寿を全うするまで未練を抱え、私のような女を好きになってくれた男を生涯シドウと比較しながら生きずに済む。
何より、こうやって目の前で死ねば、きっと母さんのようにシドウの傷として心の中に残り続けられる。
──ああ。最後にまた、アウラって呼んでくれた。
多分助からないだろうけど、一応やれる限りの護りを敷いて、私は光の中に呑まれた。
後ろめたいような申し訳なさと、それ以上の幸せを感じながら。
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