第147話 取捨選択






 考える前に身体が動いていた。

 気付けば俺は数百メートル先に居た姉貴の側に縮地で移動し、その身体を抱えて再度移動──出来なかった。


「ッ……ッ!?」


 唐突に息が詰まる。三六〇度開けている筈の視界が狭く、暗くなる。


 一瞬遅れて原因に気付く。

 クトゥルフと接触する寸前までの約五キロメートル相当の縮地での移動。接触以降からの度重なる縮地の連続使用。

 その全てに於いて、同距離を全力疾走するのと変わらぬ消耗を強いられる。加えて単発の消費量がピースメーカーの比ではないツェリスカの連射。

 いかに深化トリガーを発動させた身体であっても、疲労は確実に蓄積されていた。


 それがここに来て、一気に表出したのだ。


「なんて、間の、悪い──」


 そんな悪態を吐いた時には、既に手遅れ。

 収斂されたエネルギー量からして直径百メートル以上に及ぶだろう極大の光帯が放たれるまで、あとコンマ数秒足らず。

 あまりに致命的過ぎる隙を、晒した。


〈落とし子と言えど、所詮は人間か。情を優先し、判断を誤ったな。哀れなり〉


 クトゥルフの馬鹿でかい声が頭に響くも、意味は全く入って来ない。

 他の一切の思考を投げ捨て、この場から姉貴だけでも助け出す方法を模索する。


 ──襟首を掴まれ、ぶん投げられたのは、俺が射線に割り込み少しでも姉貴に届く熱量を軽減させるという、なんとも天才らしからぬ策の実行に移りかけた瞬間のこと。


「あね、き」


 天地逆さとなった景色の中、急速に離れて行く姿。

 巨剣を盾代わりに据え、魔剣と豪力を最大限に発動させた、と分かっていながらも攻撃に備えた姉貴が、ふと俺を見て、小さく笑った。


「馬鹿ね」


 その呟きに篭められた意味など、考えるにも及ばなかった。


 何せ俺と姉貴とでは、戦力的な価値が全く違う。

 どちらかを欠くのであれば、比べるまでもなく姉貴をボードから落とすべき。


 故に姉貴は迷わず取捨選択を行ったのだ。

 ここで俺かレアが死ねば、人類存続の目は完全に潰える、と。


「でも、少し嬉しかった」


 僅かコンマ数秒足らずの時間経過だ。会話など成立する筈がない。

 それでも言葉が聞こえたように感じたのは、側頭部に生える四本角のセンサーが姉貴の思考を拾ったからだろうか。


「姉貴──」


 数年前、姉貴の内心に気付いた頃から、そう呼ぶように努めていた呼称。

 けれど今際を悟り、走馬燈の如くリフレインする過去の記憶に、昔の呼び名が口を突いて出る。


「──アウラァァァァァァァァァァァァッッ!!」


 間一髪、俺が射程範囲から脱した直後。

 いっそ神々しいくらい眩く煌めく光の奔流に、雑賀アウラは呑み込まれた。





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