第146話 時間稼ぎ






 数キロ離れた地点に周防オッサンを置いてラーズグリーズが戻って来たタイミングで俺はファフニールから八咫烏へと乗り換え、撹乱を開始する。


「的を絞らせるな! 攻撃は何が何でも回避しろ、余波だけでも十分死ねるぞ!」


 最初に現れた位置から殆ど移動すらせず、散発的な攻めを仕掛けてくるクトゥルフ。

 幸いにして動きは鈍い。度を越えて巨大過ぎるためだろう。


 ──けれど。そんな応酬が五分も過ぎた頃には、少し話が変わってきた。


〈鬱陶しい蝿どもめ……大人しく叩き潰されていればいいものを!〉

「ッ!」


 腕で振り払ったり直に掴み取ろうとするなど、攻撃と呼ぶには気だるげな行為を繰り返すばかりだったクトゥルフの声音に混ざる苛立ち。


 直後。全身から乱雑に生え、だらりと垂れ下がっていた触手群が、ハリネズミのように屹立する。


〈一帯丸ごと吹き飛ばせば、ちょこまか逃げ回ることも出来んだろう!〉

「レア、ラーズグリーズ、こっちに来い! 八咫烏! ファフニール! するやつだけでいい、迎え撃て!」


 触手一本一本の先端に収斂されて行く熱量。

 D+、Cランクのガーディアン達が撃ち放つ光熱の柱、ラーズグリーズが破界ラグナロクと呼ぶ技の予備動作。


〈芥へと還るがいい、哀れな虫ケラ共よ!〉


 百にも届こう砲口からの、全方位一斉掃射。

 あのひとつひとつがCランク相当の火力。俺の肉体強度なら、掠っただけで髪の毛一本残らないだろう。


「ぐ、ぅっ」

〈シドウ様、レア様、私の翼の影に!〉

「もう入ってるわ」


 俺の指示通りに八咫烏とファフニールが同様の光帯で迎撃を行うも、CランクとBランクとでは抱えるエネルギーの総量が違う。

 出力こそ同等なれど照射時間の差は明白で、やがて押し負けた二体は極光に呑み込まれた。


〈おのれ、口惜しや……だがっ……!!〉

〈カカカッ! 例え力及ばずとも、くらいは……!!〉


 金属随一の耐熱性を誇るタングステンすら消し飛ぶだろう光熱に十秒近く晒されながらも、八咫烏は背に乗る俺とレアとラーズグリーズを、ファフニールは姉貴を守り通した。

 双方、失墜も同然に着水した後、強制休眠で召喚符カードへと戻った。


「……太陽神の遣いと不死身の竜を焼き殺すとは……」


 麒麟やイフリートのように召喚符カードごと消滅しなかったのは幸いだが、これで二体とも八時間は再召喚不可能。

 ちらとバハムートを見遣るも、今し方の攻撃を受けてすら外套が少し揺らいだだけで、あとは微動だにしていない。

 つくづく癪に障る。つーか今の、周防オッサンは大丈夫だったのか。


〈まだ死んでいないのか、なんともしつこい虫だ……貴様が頭目だな?〉


 再度レアが飛翔し、ラーズグリーズが息を切らせて俺の前に立つ中、クトゥルフがこちらを見下ろす。

 タコの化け物の分際で、ちょっと頭が高くありゃしませんかね。処すぞ。


〈恐怖たる我を前に首を垂らすどころか、膝すらつかぬ傲岸不遜……そうか、貴様……そっちの片羽の虫も、か〉

「?」


 何言ってんだコイツ。


「然らば、この階層まで登って来られたことにも得心が通る。だが生憎ここまでだ。パンドラ・バベルの目論見など、我の知ったことか」


 ワケの分からんことをのたまい、勝手に何か納得したかと思えば、クトゥルフは俺の方へと腕を突き出し、先程と同等の熱量を、今度は一点集中させ始める。


 バカ火力で狙い撃つ気か。縮地で避ける隙を与えるだけだ。

 精々よく狙って当ててみやがれ。


「……いや。貴様は確か消えるように動き回っていたな。であれば直接砲口を向けても無駄」


 だが。ふとそう呟いたクトゥルフは、おもむろに行動を変える。


「だったら──貴様が先刻から後生大事に護っていた虫を、先に狙うとしよう」


 瞬く間に臨界へと達した熱量を孕んだ腕、解放間際の光帯の矛先を──


 ──姉貴に、向けた。





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