第145話 過去の象徴






 元々、懸念はあった。


 ラーズグリーズやファフニールの例もあるように、一部のガーディアンは召喚符カードの状態でも外界を観測することが出来る。


 そしてバハムートは四年間、分厚い箱の中でコンクリ漬けになっていた。


 もし、その間ずっと意識があったのなら──正気を保っていられるワケがない、と。


「なんて失態だ。ふざけてんのか、俺は」


 本当であれば昨日、召喚符カードを禁忌保管庫から持ち出した時点でダンジョンまで赴き、それを確かめるべきだった。


 しかし俺は、そうしなかった。

 バハムートがまともな状態でなければ完全に詰むと分かっていながら、備えを怠った。


 そこに合理的な理由など何も無い。

 単に俺が──コイツの面を、見たくなかっただけだ。






〈大仰に現れたかと思えば、ただの木偶か。哀れなり〉


 肩をすくめる所作に近いのか、ひとつ大きく身震いした後、クトゥルフが瞬膜を開いた目で俺達を視る。


 だが、麒麟やイフリートを召喚符カードごと消し飛ばした衝撃は、一向に襲ってこなかった。


〈む……邪視が斥けられる……? 成程、木偶であろうと同格は同格か〉


 どうやらバハムートの纏う外套の余波が周囲一帯の空間を満たし、あの回避不能の攻撃を防いでいるらしい。


 けれども事態が好転したかと言えば、大して変わっていない。


〈やむをえん。寝起きで動くのも億劫だが、視線で消せぬのなら手ずから払い飛ばすしかあるまい。面倒をかけてくれる〉


 風圧を撒き散らして振り上げられる、高層ビルのような腕。

 それが叩き付けられる寸前、俺は姉貴を抱いて再三ファフニールの背に跳ぶ。


 ──刹那。隕石でも落ちたかのような衝撃が、空中にまで伝わって来た。


〈クッ、少し距離を取るぞ! この間合いでは撃ち落とされる!〉


 身を翻し、クトゥルフを中心に大きく旋回し始めるファフニール。


 虫を潰すに等しい行為が、なんて出鱈目な破壊力。

 あれだけ高出力の外套を纏える以上、肉体性能も相応だと最初から分かり切ってはいたが……やはり想定を大幅に上回る。


「シドウ、ここからどうするの……?」


 そう姉貴に問われるも、こちとら生憎ネタ切れに近い。

 ひとつ奥の手はあるが直接の決定打には届かないだろうし、何より危険過ぎてやりたくない。


「さて、どうすると言われてもな。頼みの綱はあのザマだ」


 敢えて軽口を叩きつつ、眼下のバハムートを見遣る。

 役立たずめ。なんのために存在してやがるんだよ。


 ──緑青色の閃光がクトゥルフの指先を貫いたのは、そんな愚痴を胸の中で零した頃。


「周防……目を覚ましたの? でも、あんな状態で戦闘なんて……!」

「それでもじっと寝てられるタマじゃねぇだろ、周防オッサンは」


 流石、潜った場数が違う。

 などと思っていたら、今度は紫色の流星。


「 塵 と 化 せ ぇぇぇぇッッ!!」


 二度目の全力投擲を放つレア。

 クトゥルフの左手首を吹き飛ばし、その動きを少しだけ鈍らせた。


 …………。

 こちとら北海道セカイの命運背負ったんだ。見切りを付けるにゃまだ早い、か。


「逃走はリスクが高過ぎて非推奨。第一この場を凌げたとしても、Cランクを二体失った俺達じゃBランククリーチャー共の外套すら剥がせねぇ。次以降で絶対コケる」


 頂上まであと三階層残ってるんだぞ。

 ついでに言うと、三十階層の到達報酬ごほうびを貰う条件として想定に上がってる中でも特に濃厚ながピタリ賞だったら、目も当てられん。


「こうなりゃ一旦タイムリミットのことは忘れる。出来るだけ時間を稼いで、バハムートが目覚めるのを待つしかない」


 予定は未定であり決定ではない。

 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するのも天才の腕の見せどころだ。そういうのを行き当たりばったりとも人は呼ぶ。


 正直かなり分の悪い賭けだが……他に手は無い。

 バハムートの件は俺の失態でもあるワケだし、ここはひとつ仙石権兵衛秀久も泣いて弟子入りを懇願するレベルなリカバリー能力を披露するとしようか。


「姉貴はファフニールから離れるなよ。下手に近付いたら全身のタコみてぇな触手に捕まって、エロい目かグロい目に遭うのがオチだ」

「……そう言うアンタの弾だって、ゼロ距離以外だと当たらないじゃない」


 お黙りあそばせ。





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