第142話 花火
十四回の短距離連続縮地でクトゥルフと名乗ったクリーチャーの全方位に
並行する形でトランペットケースを開き、中に収まった新品のモデルガンを取り出す。
「さぁ、初仕事だ」
パイファー・ツェリスカ。
全長五十五センチ、重量六キロに及ぶ超大型リボルバー拳銃。
実銃は象などの大型生物を仕留めるために使われる大口径マグナムライフル弾を採用した、対人ではなく対獣に分類されるハンドキャノン。
マズルエネルギーなどのカタログスペックを見れば一目瞭然だが、およそハンドガンという枠組の規格を外れた代物であり、その通称を世界最強の拳銃。
趣味に合わないため近代以降の銃を手に取る気は無かったが、まあコイツの場合ベースとなった銃は
ちなみに特注品かつ特急料金を支払った結果、お値段なんと五百万円オーバー。D+ランク関連の報奨金が半額飛んだ。
なんでこんなに高くなったのやら。素材からこだわった貴金属製、しかも殆ど全パーツに精微な
ファーストスキルは媒体に対するイメージで出力が変動し、そこに愛着や執着が加わることで更に水増しされる。そういう仕様を鑑みれば必要経費であったと納得尽くだが。
「姉貴達も自分のD+を出せ。指揮はラーズグリーズに執らせる」
〈お任せ下さい〉
ヤシャ。
ノーライフキング。
ショゴス。
ケルベロス。
ティターニア。
ワイバーン。
タロス。
Eランクから進化することのない二種、ワルキューレとサンダーバードを除いた七種四十三体のD+ランクガーディアン達。
そこにラーズグリーズと姉貴達が持つ六枚の同ランク
〈斉射用意! 射線が重なれば威力の減衰や誘爆の危険がある、各自注意せよ!〉
各々が噴き上がる熱量を一点に収斂させ、やがて並び立つ五十の砲台。
一発一発が当たりどころ次第でCランククリーチャーに致命傷を与えられるエネルギー密度。もしも今から行う攻撃を地上で放てば、百万都市の二割近くが消し飛ぶだろう。
〈…………〉
対するクトゥルフは、何もしない。
無数の砲口を向けられていながら、防御のために身構えることも、攻撃が始まる前に叩き潰さんとする迎撃の動きも、何ひとつ見せなかった。
〈──
撃ち放たれる光熱の柱。それを号砲としての一斉砲撃。
種族によって多少の差異こそあれ、収斂させた熱量をコンマ一秒の間に最大出力で照射という性質は概ね合致した極光の奔流。
クトゥルフを基点として球状に蓄積された莫大な光と熱は、やがて奴の巨体を呑み込むほどの光帯という形で、天高く駆け上がって行った。
「まだだ……ファフニール!」
一時の過剰出力を余さず使い果たしたガーディアン達が其処彼処で膝を折り始める中、間髪容れず黒鱗の毒竜を召喚。
姉貴達も各々が持つCランク
レアは煌々と輝く日輪を背負った三本脚の神鳥、八咫烏を。
姉貴は多種の動物が混ざり合い、
いずれもDランクで最も体躯に秀でた青銅の巨人、タロスを倍以上凌ぐスケール感。
俺は縮地でファフニールの背に飛び移り、声を張り上げた。
「引っ剥がせ!」
〈カカカカカッ! 造作も無し!〉
等しく飛行能力ないし浮遊能力を持つ四体のCランクガーディアン達が、それぞれの主を乗せて空中へと躍り出る。
先の攻撃で僅かにチカラを残したラーズグリーズが、役目を終えた四十九枚の
〈カアァァァァッッ!!〉
クトゥルフの四方を囲ったファフニール達が咆哮を上げ、極光を放つ。
それぞれの擁する多種多様な固有能力を介さない、故にこそ単純な攻撃力や破壊力に於いては随一である純粋なエネルギーの収斂と放出。
格上の生物相手に小細工など通用しない。最大火力をぶつかる以外に無い。
赤い浅瀬が、その下の黒く重い液体諸共に直径一キロメートル圏内から押しのけられ、一瞬で蒸発して行く。
出力そのものは第一射と大差無いが、総量が違う。照射時間は数秒にも及ぶ、エネルギーを集中させずに拡散して放てば四体分合わせて札幌市が半分は更地となる破壊力。
爆発じみた勢いで立ち上る、夥しい白煙と陽炎。
第三の目でその先を見透かした俺は、小さく舌打ちする。
「ほぼ無傷とはな。化け物め」
六十秒の惨劇という貴重なデータを元に算出した、Bランククリーチャーが抱えるエネルギーの総量と出力。
Cランクガーディアンの強さを十二とした場合、向こうの数値は推定で百。
この結果も予想の範囲内とは言え、流石に少しばかり目眩を覚える。
──だがしかし。目的は遂げた。
「外套が剥がれた! 仕掛けるぞ!」
現在の経過時間は十分少々。
俺達が二十六階層で費やせる刻限は四十五分。二十七階層までの移動時間が、レア曰く三十分。
……いや。一度二十五階層まで戻って時のねじれをリセットさせれば、一回目と二回目で三十分ずつは滞在可能。
つまり──残り二十分でコイツを倒すか、五分以内に振り切って強引に二十七階層を目指すなりして、決着させなければならない。
「楽勝」
敢えて余裕を口ずさむ。天才は焦らない。
詰将棋のように少しずつ、確実に仕留めてやる。
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