第139話 喪われた街






「……ッな……ァ?」


 エレベーターを抜けた先に広がっていた光景。

 それは現実離れした秘境でも、背骨に震えが伝うような魔境でもなかった。


 否応なく郷愁を掻き立てられる、街並み。

 俺の生まれ故郷であり、四年前に瓦礫の平野と化した旭川市。その繁華街。


「……ッ!」


 数秒呆けてしまった後、我に返って思考を回す。

 様々な疑問はひとまず投げ捨て、周囲を見渡した。


「エレベーターが、無くなってる……姉貴! 周防オッサン! レア!」


 叫ぶも、応答は返らず。

 トランペットケースを足元に投げ捨て、腰のホルスターからリボルバーを抜き、上方目掛けて三発撃ち放った。


 が、再度なしのつぶて。

 周囲でガーディアンが召喚されるどころか、声ひとつ聞こえない。


「……まあ、そうなるか」


 ほんの一瞬で声の届く範囲内から消え失せた三人。明らかにまともな状況ではない。

 俺は銃をホルスターへと収め、トランペットケースを拾い上げると、近場の適当なビルの屋上まで縮地で跳んだ。


「やはり旭川駅前の繁華街……ここが本当に、二十六階層……?」


 踏み出た瞬間に消えたエレベーターといい、異質が過ぎる。

 今まで足を運んだことのある階層とは、本当に何もかもが違う。


 …………。

 兎にも角にも、こうしている間に貴重なタイムリミットが失われて行く。

 一刻も早く、姉貴達と合流しなければ。


 懐から召喚符カードを取り出し、掲げた。


「ラーズグリーズ! ファフニール!」






 どうなってやがるんだよ、と頭の中で悪態を吐きつつ、街中を駆け回る。


 ──ラーズグリーズもファフニールも、他のガーディアン達も、たった一枚すら喚び出せなかった。


 二十一階層の時のように震えすらしない、完全な無反応。

 ストライキを起こすにしたって、もう少しタイミングってもんがあると思う。


「お、あそこは昔行きつけだったクレープ屋」


 移動するうち、ぽつぽつと現れた人影。

 瞬きを重ねる毎に数を増やし、やがては雑踏となり、車やバイクまで走り始め、出来上がったのは俺の思い出と寸分変わらぬ景色。


「……思い出通り、か……成程、読めてきた」


 踵を返し、闇雲な移動をやめる。

 ここからならと、俺は疲労がギリギリ蓄積されない距離とインターバルで、縮地を連続発動させた。






 懐かしき故郷の景色を目にしてから、概ね五分。

 つつがなく目的地へと辿り着いた俺は、そこ──六十秒の惨劇によって一帯ごと消えた嘗ての実家を見上げ、思わず笑ってしまう。


「…………」


 玄関前のインターホンを押す。

 暫し間を置き、扉の向こうからドタドタと足音が響き、ガチャリと解錠される。

 不用心極まれり。なんのためにカメラ付きインターホンがあると思ったんだ。


「はーい、どちら様──あー、シドウくーん! お帰りなさーい!」


 あと四半歩前に出ていたら鼻骨が平らになる勢いで開け放たれた扉。

 もしかすると、これこそが自己流の不審者対策なのかも知れない。野蛮が過ぎる。


「わざわざインターホンなんてどうしたの? 鍵失くしちゃったの? お母さんもこの前、別々にしてたお財布とケータイどっちも落としちゃったからお揃いだね!」


 週一の頻度でドジやらかしてたアンタと一緒にするな。


 ……スロットを宿して変色する前の姉貴と同じ色をした茶髪をうなじあたりで纏めて括った、四十路とは信じ難いほど若々しい容貌。良く言えば天真爛漫な、悪く言えば何も考えていない笑顔。

 細かな所作ひとつに至るまで、何もかも 俺の記憶に残る姿のまま。


 雑賀エリカ。オヤジの妻であり、俺と姉貴の母親であった女性。


「あ、そうそう! お母さん、ちょうどお昼ご飯作ってたんだ! 帰って来たなら、シドウくんも一緒に食べよ?」


 そう言って、俺のを取ろうと伸ばされる腕。

 俺はホルスターからモデルガンを引き抜き──にこにこと笑う顔面を、吹き飛ばした。


「オフクロは、もう死んだよ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る