第138話 二十六階層






「雑賀」


 十分後に出発を宣言し、各々最後の小休止を挟む中、周防オッサンに呼ばれる。

 まあ俺じゃなくて姉貴の方だが。ややこしいわ。


「……先日のに、ついてだが……この一件が片付いたら、改めて答えを出させてくれ」

「は? 何? 父さんもだけど、最近は縁起でもない約束をするのが流行ってるワケ?」


 全くだ。典型的死亡フラグ。

 周防オッサンの戦闘技能に関しては認めるところだが、どう考えても俺より天才ではない。そういう迂闊な発言は命取りに繋がりかねないぞ。


「……厳島三佐……いや、一佐が亡くなられて抜け殻同然になっていた俺を立ち直らせてくれたのは、他でもない……お前だ」


 さっきグリップがゴリゴリ当たってた腰いてぇ。


「お前の、胸の内は……俺なりに、理解してるつもりだ……に少なからず苦しんでいることも含めて、な」


 ちくわ大明神。


「だからこそ……俺が、お前の譲歩に応えられるか……他の心配事を全て取り除いてから、真剣に考えたい」

「……言っておくけど、私の査定は厳しいわよ」


 首元のネックレスを弄りながら、姉貴が周防オッサンに背を向けた。


「誰に何を言われたって、自分自身でもおかしいって分かってても……私にとって、あれ以上の男なんて……世界中探しても、居ないんだから」


 …………。

 そんな二人のやり取りを俺の隣でどうでも良さそうに眺めてたレアが、チョコレートを齧りながら、ひと言。


「周防さん、絶対この後死ぬわよね」

「身も蓋も無い上に血も涙も無い奴だな、お前。今更だが」


 俺にしか聞こえない小声での呟きだった点だけは、評価するけども。






 だから狭いんだってばよ、エレベーター。

 何故もう少し広く作らなかった、白い塔の設計者。そんなもんが居ればの話だが。


「着いたら、まず私が飛び出すから」

「……チッ。ああ、分かってる。それが最善だ」


 深化トリガーによって変貌する形態が膂力特化の姉貴は、サードスキル発動時は筋力が著しく上昇し、併せて皮膚も柔軟性を保ったまま鋼鉄並みの硬度を得ることで外骨格に近しい役割を果たす。

 魔甲と豪力を併用した一級探索者をも遥かに凌ぐ、ミサイルの直撃を食らっても重傷手前止まりで済む防御力。未知の環境を検めるためのリトマス試験紙として、俺達の中では最適な人選。

 心情的には気に入らないが、仕方ない。


「鈍臭が斥候とは先が思いやられる話だ。転びそうになったら言えよ」

「よっぽど残りの腕も斬り落とされたいみたいね。どうして私が『切り裂きアウラ』なんて呼ばれてたか、身体に教えてあげましょうか?」


 姉弟で軽口を叩き合う。

 こんなすし詰め状態でなければ、もう少し絵になったんだが。


 ──エレベーターが停まり、ゆっくりと扉が開き始めた。


「姉貴が先行したら、周防オッサンは二百メートル後方についてくれ。レアは上空から哨戒と地形の把握を頼む」

「ああ」

「分かった、やってあげる」


 扉の隙間から差し込む陽光と、熱くも冷たくもない空気。

 どうやら大方の予想通り、真空地帯だの深海だのマグマ溜まりだの、人間が生存不可能な環境ではない模様。

 ワケの分からん秘境や魔境が広がっている可能性はあるが、少なくとも歩き回るだけで刻々と死へ近付くような場所でなければ結構だ。


「ガーディアンを展開させるタイミングは発砲音で指示する。秒間三発以上の連射が聞こえたら、高ランクから順に召喚しろ」


 下でも行った指示を敢えてこの場でも繰り返すことで、やや浮き足立ちかけた空気を抑える。約一名、二槍を抱えて欠伸してる女も居るが。


 ともあれ扉が開ききり、姉貴、周防オッサンレアの順に外へと飛び出す。

 最後に俺もトランペットケースの持ち手を握り直し、一歩踏み出て──ほんの一瞬、思考が止まった。





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