第137話 白い塔






「シドウ君。私の胸触ってる」

「悪いが今、全く腕を動かせん。ところで俺の腰に硬いもん押し付けてるのは誰だ」

「……すまない、アンツィオのグリップが……あと雑賀……俺の足を踏んでるぞ……」

「剣が邪魔で他に足の置き場が無いのよ、我慢して。ついでにレアちゃん、槍が私の方に倒れて来てるんだけど」

「生憎と引っ張り戻そうにも手が届かないわ」






 エレベーターに揺られながらの数分間は、満員電車も驚きの地獄だった。

 扉や壁が分厚いため、ただでさえ見た目より中は狭いってのに四人全員大荷物抱えてたら、そりゃ当然ああなるわな。


「じゃあ最後の確認だ」


 先日のラーズグリーズとの対談に際し、運び込んでおいた椅子と折り畳みテーブル。

 各々腰掛け、各々が水や菓子を摘む中、俺はポテトチップ片手に指を立てる。


「二十六階層がどうなっているのかは、完全な未知。クリーチャーという曲がりなりにもの生息地である以上、無いとは思うが……もしかすると宇宙空間だの深海だの溶岩の中だの、到底人間には耐えられない環境が待ってるってことも少しは考えられる」


 或いは二十一階層の時のように、侵入を報せる仕掛けが存在するやも知れない。


「たった四人しか戦力が居ないと来れば、無闇に偵察も送れやしねぇ。ぶっつけ本番以外の選択肢を採れねぇとは情けない限りだが」

「エイハに行かせれば良かったのに。きっと喜んで引き受けたわよ、役に立てるって」

「レア、お前それ本気で言ってるか?」

「……さあ、どうかしら」


 加えて、時のねじれという厄介な障害。

 これさえ無ければ、もっと話は簡単だったものを。


「俺の計算じゃ二十六階層では八分四十三秒経過以降から時がねじれ始める。その後の乖離速度と、あと三階層残ってることも考えれば、俺達が二十六階層に滞在可能な刻限は、およそ四十五分」


 その時点で、地上時間で十五日が経過する筈。

 全てが未知という状況では、均等にリソースを割り振るしかない。


「同時にこれは、俺が今までの情報やこの場に居る戦力を鑑み、ギリギリ達成可能と判断したタイムリミットでもある」


 想定しうる状況は可能な限りシミュレートを繰り返した。主に毎日寝る前の五分で。

 根を詰めても質の良い仕事なんて出来ないからな。天才は焦らない。どんな時でも。


「現地に着いたら、また指示を出す。質問がある者はサンバを踊れ」

「なんでよ」


 姉貴に突っ込まれた。天才のお茶目なユーモアってやつだ。

 サンバが嫌なら、挙手でも可。


「……ひとつ、いいか?」

「積極的なのは良いことだぜ周防オッサン。ポテチをやろう」


 それは要らないが、と前置きを挟み、周防オッサンが質問を述べる。


「……もし……のクリーチャーが現れたら、どうするんだ……?」

「あぁ?」


 何言ってんだコイツ。


「Aランククリーチャーなんてものは、この塔の中には存在しない」


 休暇旅行中に姉貴からも同じことを聞かれたが、ちょっと考えれば分かるだろ。


「……何故……そう、言い切れる……?」

「モノリスからのAランク召喚符カード排出率が、だからだよ」


 つまりモノリス、その大元である白い塔にはAランクのガーディアンを創造するだけのチカラが無いってことだ。

 そしてAランクガーディアンを作れないってことは、当たり前だが同ランクのクリーチャーも作れないってことになる道理。


「しかし……現実にAランクという区分は存在する。なら、それに該当するものも……」

「そいつは当然居るさ。俺は塔の中には、としか言ってねぇぞ」


 意味が分からないとばかりに困惑顔を浮かばせる周防オッサン

 察しの悪い奴だと思いながら、俺は爪先でトントンと床を──塔を叩いた。


が、そうだ」


 正確には、赤い壁も含めてか。


「造物主ってのは自分のチカラを超えたものは生み出せない。グラス一杯の水で海を作り出せないようにな。だからこの塔を登る上で、アンタの心配は単なる杞憂だよ」


 ちなみにも、ちゃんとある。ファフニールが知っていた。

 アイツの抱えてる情報量、もしかしたらCランクガーディアンの中だと一番多いんじゃないのか。


「ま。詳しいことは、三十階層てっぺんまで登り詰めれば分かるだろうさ」


 シンプルに纏めるなら、人類おれたちをこの北海道セカイに閉じ込め、人類おれたちにこの北海道セカイで生きるためのリソースを与え、人類おれたちにクリーチャーと戦うチカラを齎し、人類おれたちを自身の体内に登らせている全ての元凶。


 それこそが、この白い塔であり、赤い壁。

 Aランククリーチャーにして、Aランクガーディアン。






 名を──『パンドラ・バベル』。





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