第131話 墓参り
──見えてきた墓石の前で手を合わせる緑青色の髪の男に気付いたガトウは、やはり来ていたか、と思った。
「源治君」
「あ……雑賀、代表……」
慌てて佇まいを直し、深々と頭を下げる男──周防源治。
潜った修羅場の数と年季ゆえか、普段は人一倍気配に敏感と言える気質の持ち主だが、やはり何事にも例外はあるらしい。
「まだ月命日には毎回通ってくれているのか」
「はい……ああ、いえ……先々月は、どうしても予定が合わず……二日、遅れました」
「そうか」
アウラが生まれて以降あまり吸わなくなった煙草に火を点け、眼前の墓地を見下ろすガトウ。
十五年前婿養子に出た彼の弟。そして陸自時代の周防の上官であった、
「私も、こっちにはもう少し顔を出したいと思ってるんだがな。墓標が置いてあるだけのエリカの墓は、どうしても行く気になれんが」
「代表は、お忙しいですから……厳島一佐も……分かってると、思います」
崩界から未だ一ヶ月と経っていない黎明期の初頭に行われた、陸上自衛隊北部方面隊による白い塔内の制圧を目的とした侵攻作戦。
塔の二階層以降、当時まだこの名で呼ばれていなかったダンジョン内では電子機器が使えないため無線通信が行えず、隊員も数名ずつを逐次投入することしか出来ない上、そもそも内部に入れる人材自体が限られるという自衛隊にとって劣悪極まる環境の中、スロット持ちとして内部で直接指揮を執っていた指揮官の一人がクヨウだった。
いち早くクリーチャーが纏う外套の危険性、そしてスキルの有用性に気付き、十階層までの進出とルート開拓を果たし、後続達への道標を作った立役者。
だがしかし、
それから間を置かず周防は自衛隊を辞し、程なくその自衛隊及び複数の組織が統合されて立ち上げられた機関、代理政府によって集められた探索者の前身と呼ぶべき一党の一員となり、崩界以降の大半をダンジョンに関わって過ごし続けた。
父親当然に慕っていた、自分を庇って死んだクヨウの犠牲が無駄ではなかったことを、証明するために。
「……代表……俺を……あと少しで、塔のてっぺんまで行ける俺を見たら……厳島一佐は、喜んでくれるでしょうか……?」
「君が無事に生きている。それだけでアイツにとっては十分だと思うが」
赤い壁で閉ざされた空に向かって、紫煙を吐き出すガトウ。
「クヨウはいつも君の話ばかりしていた。自慢の部下だ、勝手ながら家族のように思っている、とな」
「……ッ…………勝手、だなんて……そんなの……俺の方こそ……ッッ!!」
自分より少しだけ背丈は低くも十分に大柄な、鍛え上げられた肉体を持つ強面の男。
それが深く俯き、肩を震わせる姿を目の端に据えながら、ガトウは三本煙草を吸いきるまで、何も言わなかった。
「そうだ。最近、アウラとはどうかな」
「え……」
墓参りを終え、少し歩かないかと誘われた道中。
唐突にそのような話題を切り出され、たじろぐ周防。
「随分熱心にアプローチをかけているそうじゃないか。あれもそろそろ適齢期だが、なにぶん気位が高くてな。このままでは婚期を逃しかねん」
結婚が人生の全てとまでは言わんが、生涯を共にするパートナーが居るに越したことは無いだろう。
そう続けたガトウに周防は暫し言葉を詰まらせるも、遠慮がちに口を開いた。
「……じ、実は……先日改めて交際を頼んだら……条件を、出されまして」
「ほう。あの跳ねっ返りにそこまで言わせたか。で、どんな無理難題を出されたんだ」
「…………」
数秒の沈黙。
次いで、返答が紡がれる。
「一生、私の弟と比較され続ける覚悟があるなら……考えてもいい、と」
流石のガトウも、かける言葉が見付からなかった。
──併せて、やはり伝えておいた方が良いのだろうか、とも思う。
遡ること十八年前。
赤ん坊だった本人は勿論、英語を勉強したがって前後の一年ずつを国外でのホームステイに出ていたアウラもそれを知らず、面と向かって言う機会もなんとなく訪れず、まあ血縁などどうでもいいかと妻共々に捨て置いていた事実。
──シドウは、橋の下で拾った子である、と。
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