第130話 仕切り
ぽん、と手を叩くラーズグリーズ。
どうやら思い出したらしい。
〈つまらぬ独り言のつもりでしたが、聞いておられたのですね〉
「地獄耳なもんでな」
悪口とかは特に聞き逃さない。
もれなく便所か校舎裏に集合。
〈さて、塔の仕切りについてですか……私は姉妹の中でも特に寡黙と評されており、あまり弁が立ちませんので正確な説明が出来るかどうか自信はありませんが〉
「口開けたら止まらねぇスピーカーみてぇな奴がよく言う」
自己評価どうなってやがる。
それとも他のワルキューレはコイツより更にお喋りなのか。勘弁して欲しい。
〈そうですね。塔の仕切りとはつまり、階層と呼ばれる空間を隔てる境界なれば〉
語り口に合わせ、ラーズグリーズが菓子の箱を幾つも積み上げて行く。
〈この箱ひとつひとつを階層と捉えて下さいませ。未開封ゆえ当然ながら内と外との出入りは適いませんが、唯一エレベーターという通り道が設けられているため、境界を跨ぎ登って行くことが可能となっております〉
ですが、と。積み上げた箱の上から、ペットボトルの水をぶちまけ始めた。
〈この水は天蓋、即ち赤き壁より塔が吸い上げる熱量。箱を染み渡り、内側へと溜まり、人類に敵対せし怪物達を生み出すための養分となるもの〉
俺のズボンに思いっきり水が垂れてきてるんだが。
それと食い物を粗末にするな。今のご時世、菓子類は高いってのに。
〈そして水を浴び続ければ、箱──階層を隔てる仕切りは次第に劣化し、段々と緩んで行く。浴びる水が多いほど早く、激しく〉
つまり俺達探索者がスキルを使ったりガーディアンを喚び出して戦わせたりクリーチャーを倒したりコインを持ち帰ったりするほど白い塔はより多くのエネルギーを赤い壁から吸い上げ、階層同士の仕切りとやらは脆くなるのか。
「仕切りが緩めば、どうなる」
〈既に何度も経験がおありかと。階層同士の境界が曖昧となり、上から下へと落ちて行く
初日のエルダーコボルドや、エイハを襲ったマンティコアなどのイレギュラーを思い出す。
〈加えてボーパルバニーほどの高ランクともなれば、緩んだ仕切りを強引にこじ開け、直接下層まで降りることも可能。逆に、元居た階層くらいまでなら登ることも出来ましょう〉
生まれた場所より下には行けても、上には行けない。
そんな風に言っていたボーパルバニーの言葉が、頭をよぎる。
〈ですが、現状の緩み程度では強大なクリーチャー達が通るには小さ過ぎます。ボーパルバニーが自分本来の階層より遥か下の十三階層まで降りられたのは、宿すチカラの大きさに対して極端に小柄であったため〉
ボーパルバニー以外のCランクが階層を下ることは、今のところ無い。
ラーズグリーズの説明からそう判断した俺は安堵すると同時、嫌な予感が頭の中で喚きだす。
「……仕切りが緩み続けると、どうなる」
〈シドウ様の読み通り、あと二ヶ月で壁の光が目に見えて薄れ始めるならば、そこが分水嶺かと〉
濡れた菓子の箱をラーズグリーズが指先で引っ掻き、ボロボロにして行く。
〈仕切りの緩みは一定のラインを超えると極端に顕著化します。今までのように散発的ではなく、夥しい数のクリーチャー達が恒常的に下層を埋め尽くし、そして──〉
ぐしゃりと、積み上がった箱が纏めて押し潰された。
〈白い塔の外にまで、溢れ返ることでしょう〉
「……チッ」
やっぱりか。天才過ぎるのも考えものだ。
悪い予感が頭に浮かんでも、ちっとも外れてくれやしねぇ。
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