第128話 旅行帰り






 休暇を取って、はや十日。二十五階層到達による制限解除から、およそ一ヶ月弱。

 姉貴と二人で主に道央と道南を巡り、今日になって戻った次第。


 小樽、登別、室蘭、函館など、昔家族旅行で行った場所を重点的に回ったが、やはり札幌以外の都市は崩界以前と比べて多かれ少なかれ寂れてた。苫小牧は何も変わってなかったが。

 道北と道東は更に極端だろう。場所によっては完全に人口がゼロとなり、ゴーストタウン化してると聞くし。


 ──ただ、コインの爆発的供給による好景気の風は、早々と地方にも届いていた。

 代理政府が運営するゴブリン運送がフル稼働し、まだ人の住んでいる土地へと片っ端から物資投入に努めてる模様。


 車の運転だろうとフランス料理の仕込みだろうと、教えたらなんでも比較的すぐ覚えるんだよな、ゴブリン。

 最近じゃ漫画や小説を書く個体も出てるらしい。シンギュラリティも近い。






「それじゃあ、私は今日から仕事に戻るわ」

「ああ」


 いつも通りのスーツ姿で玄関前に立つ姉貴を見送る。

 働き詰めで常に少し気だるそうだったここ最近の様子と比べて、随分調子は良くなったみたいだ。


「ちょっとは肩の力抜けたか? いつも背広だと血行が滞るだろ」

「そうね。連れ出してくれてありがとう」


 他所行きの笑顔でそう言われる。

 またクールぶって。正直あまり似合ってないが、社会人なんてこんなもんか。


「……旅行中のことは、忘れてちょうだい」


 ちょっとだけバツが悪そうに苦笑を混ぜ、目を伏せる姉貴。

 その顔は、あまり好きじゃない。


「天才は記憶の取捨選択についても天才なんだ。忘れようと思ったことなら、すぐにでも忘れられる。四つとも枠が埋まった状態で新しい技を覚える時みたいにな」

「そう。良かった」


 姉貴は肩をすくめた後、再び真っ直ぐ俺を見る。


「多分またしばらく帰れないから、戸締りはちゃんとしておきなさいよ」

「分かった分かった」


 五歳の子供じゃあるまいし、いちいち言われなくてもやるっての。


「……それじゃあ、行って来るわ」


 迎えの車に乗り、窓越しに小さく手を振って、仕事場である政庁へと向かう姉貴。

 家の前に残った俺は欠伸を噛み殺しつつ、今日これからの予定を頭の中でなぞる。


「あー、ゲーセン行ってバッセン行って……あとは、協会か」


 用件は当然ダンジョン。と言っても、目的は荒事の類ではないが。

 俺はメリハリの利く天才。休むと決めたら休むし遊ぶと決めたら遊ぶし、何もしないと決めたら何もしない。


 では何故ダンジョンに行くのかと言えば──ひとつ、ラーズグリーズに確認しておきたい話があるのだ。





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