第127話 恩義と語るだけならば






「ところで」


 コーヒーを飲み終え、席を立つタイミングを窺っていた中、ふとレアの方からエイハへと疑問符が向かう。


「貴女はいつ、シドウ君の役に立つの?」

「え……」


 唐突に放たれた刺すような言葉。

 一瞬、思考の止まったエイハがたじろいでいると、猿には言葉が足りなかったかしら、と面倒臭そうに手元へ視線を落としつつ、レアは少し噛み砕いた口舌を付け加える。


「少なくとも今のところは、役立つどころか足しか引っ張ってないわね」


 責めるでもなく嘲るでもない、熱量の伴っていない淡々とした語調。

 本当に単なる疑問。興味本位で聞いただけの、だからこそ胸を抉る無形の棘。


「言っておくけど、貴女が拠り所にしている治癒ものじゃあ、シドウ君の力にはなれないわ」


 魔甲も豪力も発現させていない、魔剣や魔槍で攻撃を受け止めることも出来ないシドウの肉体強度は、実を言えばDランク以上のクリーチャーからまともな一撃を受けただけでも即死しかねない程度である。

 深化トリガーによって生物としての位階を一段階押し上げたところで、所詮大元となった肉体は進化の過程でを失った人間。アウラのようなフィジカル特化型とでもならない限り、純粋な身体能力はFランクとEランクの中間ほどでしかない。


 そもそも、各種ステータスを数値化すれば顕著であるが、およそシドウは前衛に立つべき能力構成ビルドではない。


 あらゆる意味で広い視野と瞬間移動のスキルを駆使し、絶えず間合いを調整しながらの引き撃ち、併せて味方の鼓舞と指揮を行うことこそが、恐らくシドウにとっての最適解。

 にも拘らず、射撃センスの完全欠落という瑕疵によって前に出る以外の選択肢を潰され、未だサードスキルを発現させていなかった十一階層進出時点で既に「一撃食らえば終わり」という極端な状況の中、持ち前の才覚と常に余裕を帯びた精神で立ち回り、今日まで一切無傷のまま戦い続けてきた。


 即ちシドウには、少なくとも探索者としての活動に於いて治癒を使う余地が無い。

 当然だろう。無傷か即死か、その二択しか存在しないのだから。


「……慕うだけなら犬でも出来る。恩義と語るだけならオウムでも出来る」


 質問の答えは返ってきそうもないと判断したのか、いつの間にかパフェを食べ終え、席を立ったレア。

 やはり言葉足らずで言わんとするところの半分もエイハには伝わっていないが、それでも胃が締め付けられるような危機感を与えるには十二分であった。


「そうね。今は割と気分が良いから、ひとつ教えてあげる」


 伝票を指先に摘んだレアが、踵を返す。


「今の貴女は所詮、一ツ星。、シドウ君から全く認められていないわ」


 そしてそのまま、混み合った店内を歩き去っ──






 ──たかと思えば何かに気付き、すたすた戻って来た。


「次会った時に返すから、お金貸してもらえないかしら」


 そう言って悪びれもせずに手を突き出す、実際エイハに欠片ばかりの悪意どころか芥子粒ほどの関心すら向けていない、雑賀シドウに比肩する四.八ツ星の天才。

 胸の中をぐちゃぐちゃに掻き回されたエイハは、ひと声どころか相槌すら打てず、ただ黙って財布を取り出した。





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