第126話 言葉は分かれど、話通じず






「ぶふっ!?」


 ある喫茶店にて対面していたエイハとレア。

 とは言え一緒に来店した、というワケではなく、単に混んでいて偶然相席になっただけの少々気まずい空気の中、ぽつりとレアが溢した言葉に思わずコーヒーを噴き出しかけたエイハ。


「……良かったわね。もし私か私のパフェに一滴でもコーヒーが飛んでいたら、貴女を裸に剥いて路地裏のホームレス達の前に放り投げていたわ」

「っ、なんて陰湿な……第一、コーヒーを噴きかけたのはキミが急に変なことを言うからじゃないか!」

「変なことなんて言ってないわ。ただ「シドウ君とアウラさんってセックスしたことあるのかしら」って素朴な疑問を口に出しただけよ」

「それが変なことじゃなかったらなんなのさ……そもそもあの二人、姉弟だし……」

「……?」


 エイハの返しを聞き、不思議そうに首を傾げるレア。


「あの二人、姉弟なの? あんなに似てないのに?」

「え? それはまあ……でも、そういうの特に珍しくもないよね? 片方が父親似で、片方が母親似、みたいな」

「シドウ君はどっちにも似てないわ。だからてっきり橋の下で拾われたものだと」

「折に触れて凄いこと平気で言うよね、キミ……」


 なおレアの言い分は「猿から人間が生まれる筈がない」というもので、実際彼女も今の家族は八ヶ所の孤児院をたらい回しにされた末の養子で本来の出自すら不明なのだが、当然エイハには全く伝わっていない。


「……大体、もし万が一あの二人がインモラルな関係だったとしたら……考えたくもないけど……キミはどう思うのさ、レア」

「別に。どうでもいい」


 匙で掬ったパフェを口に含みつつの、本当に一切無関心な語調。

 それを心底意外に感じたエイハは、おずおずと口を開く。


「キミもその、王子様……シドウのこと、好きなんだと思ってたけど」

「違うわ」


 単純な恋慕や思慕で推し量れるような感情ものじゃない。

 そうしたニュアンスを篭めて否定を紡いだ後、レアは目の前に二杯並んだパフェの器を双方共に指先で弾いた。


「貴方は世界中に自分含めて二人しか人間が居なかったら、その片割れをどう思う?」

「え? 随分急だね……それは勿論相手にもよるけど……例えどんな人であっても、多分離れようとだけは思わないかな。世界で唯一の同族なんだし」

「そういうことよ」


 どういうことなの、とエイハは思うも、左右の器から交互にパフェを食べ始めたレアの姿に言い知れぬ冒し難さのようなものを感じ、話しかけるに話しかけられず、二人の間を再び沈黙が隔てる。


「(参ったな……どっちかって言えば、会話を繋ぐのは得意な方なんだけど)」


 エイハは今までにも何度かレアと二人で話す機会はあったが、そのいずれに於いても数分と会話を成立させることが出来ていない。

 知能が高過ぎるゆえに端折られがち、或いは複数の意味合いが篭められたレアの台詞回しを、概ね額面通りに受け取ってしまうからである。


 そもそもレア自身も、たにんと真面目に話す気が殆ど無い。

 シドウが深窓の令嬢ロールと称している彼以外への態度は別に演技でもキャラ作りでもなんでもなく、たにん相手は口数少なく雑に接するのがレアの素なのである。


 寧ろ、シドウに対する振る舞いの方こそ、後付けのキャラクターと言えるだろう。


 周りを猿としか認識できないため、シドウと出会うまで人間性が希薄だったレアは、彼女にとって自分以外の唯一の人間であるシドウを真似ることで、それを人間らしい振る舞いとして確立させている。時折、言動が鏡写しのように感じられるのは、そのため。


 ただし、自信過剰もナルシズムも元々レア自身が持ち合わせていた要素であるため、決して単なるミラーリングというワケではない。

 要は思考や感情を表に出す際、シドウの振る舞い方を参考にしているだけで、出力される言動の核は間違い無くレア本人のものなのだ。


 とどのつまり──普通に似たもの同士である。

 他者に対する感情、その一点を除いて。





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