第125話 姉ゆえに
すっかり忘れていたが、ラーズグリーズが齎した情報提供の件で俺の口座に一千万円以上の報奨金が振り込まれていたため、今回の宿泊先は奮発した。
と言うか向こう二週間で全額使い切る気だ。休暇が終わったら、流石に当面遊ぶ暇なんぞ無いだろうし。
「はあぁぁっ、極楽〜」
崩界以前と比べて娯楽全般すっかり値上がりしたご時世だが、それを加味しても一泊六桁する結構お高い部屋なので、専用の露天風呂も備え付けられてる。
高層階ということもあり、かなり眺めが良い。
「この歳で一緒に風呂ってどうなんだ」
「良いじゃない別に。折角の旅行なんだし」
何が折角なのかは天才にも今ひとつ分からんが、まあ深くは問うまい。
神経質で色々と溜め込みやすいタイプの姉貴だが、少なくとも今日は楽しんでくれているようだし、オヤジの口添えもあったにせよ、半ば勢いで連れ出したのは正解か。
「……ねぇシドウ。ひとつ聞いていい?」
「言ってみな。天才は寛大だ」
「勝てるかしら」
ぽつりと溢れる、小さな呟き。
場所が露天風呂とあって、ともすれば風に溶けてしまいそうな声だったが、俺の耳にはしっかりと届いた。
「あの日私は旭川に居なかったけど、既に事が終わった後の現場は見ているわ」
六十秒の惨劇。
この八年間で唯一、しかし絶対的な恐怖を
オヤジは必ず承認させると言ったが、正直バハムートの封印解除が受け容れられる確率は、良くて三割以下だろう。
それほどまでに圧倒的な絶望を、人類はたった一分間で骨の髄まで味合わされたのだから。
「ほんの僅かな時間で何十万人も死んで……私達も、母さんを失った」
「辛いのなら俺を責めてもいいんだぞ。殴ろうが蹴ろうが、好きにすればいい」
「私がそんなみっともない真似すると思うの!? 大体、一番辛いのはアンタに決まってるでしょうがっ!!」
アザになりそうな馬鹿力で両肩を掴まれる。
次いで、普段は義手で覆われた左腕の断面近くを、今度は壊れ物のように撫でられる。
「別に辛くはないさ。ただ、ちょっと悔しいだけだ」
あの時、俺にもっと──と。
「それに、やっぱり一番辛い思いをしたのは姉貴の方だろ。交通規制が敷かれてた中で俺が運び込まれた病院まで無理やり押しかけた挙げ句、ほぼ一日中泣き通しだったじゃねぇか」
「……あれは……だって……」
目を伏せた姉貴の背中に手を置くと、そのまま身を預けてきた。
お互い裸って忘れてないかね、この状況。別にいいけど。
「あー。話を戻すが、俺は無駄なことはしても無意味な浪費はしねぇよ。姉貴も知ってるだろ」
こくり、と首肯だけ返される。
「オヤジが上手くやってくれれば勝機はある。もし
兎にも角にも、考えるのは俺とレアの仕事だ。
「姉貴は俺より天才じゃねぇんだから、余計なことは考えなくていい。けど、流石に今回ばかりは厄介そうだから、力を貸してくれ」
「……もしかすると、初めてかもね。アンタから、そんな風に頼み事されるなんて」
「天才かつ最強のナイスガイだからな。世の中の大抵のことは一人でやれちまう万能さが悪い。いや悪くない、最高だ」
「ふふっ」
小さく笑った姉貴が顔を上げ、髪と同じように変色した鮮やかなピンク色の瞳が、すぐ傍で俺を見つめる。
なんとはなし見返していたら、姉貴は目を閉じ、ゆっくり顔を近付け……唇が触れる間際で、動きを止めた。
「……なんで」
再び開かれた両目から、ひと雫ずつ涙が伝う。
「なんでアンタが、弟なのよ」
俺の首筋に顔をうずめ、嗚咽を押し殺すように、耳元で囁かれる。
「……仕方ねーだろ。姉弟に生まれちまったもんは」
それに俺は、姉貴のことが好きなんだからよ。
だが、そう言葉に出して伝えられるほど、無神経にはなれなかった。
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