第123話 休暇初日






「──ちょっとシドウ! ここ本当に整備されたコース内なの!?」


 木々や岩の隙間を縫うように猛スピードで滑りながら、後ろで姉貴が怒鳴ってきた。

 障害物は多いし角度も急だし、中々の難易度。


「ああ、多分な。経営者も知らねぇシークレットコースだって、さっき会った全身血まみれで顔色の悪いボーダーが教えてくれた」

「経営者が知らない時点でコースでもなんでもないじゃない! しかも全身血まみれって、それちゃんと生きた人間でしょうね!?」

「何言ってんだ。姉貴も一緒に居ただろ」

「知らないわよ! もしかしてさっき独り言喋ってた時!?」


 あんまり細かいこと気にするなって。

 現に結構面白いじゃねぇか。


「──お、姉貴。こっから先、ほぼ九十度くらいの坂になってるぞ」

「ただの崖じゃないのぉぉぉぉッッ!!」






 いやはや、中々にスリリングなコースだった。

 滑り終わった後、あそこを教えてくれたボーダーが恨めしげな形相で「死ねば良かったのに」とか言ってたけど、塩かけたら消えた。なんだったんだ一体。


「一緒に来てたのがエイハちゃんだったら死んでたわよ」

「エイハと一緒にあんなコース滑るワケねーだろ。死んだらどうする」

「私も死ぬところだったんだけど!?」


 姉貴があれくらいで死ぬタマかってんだ。

 鈍臭いだけに頑丈だし。


「ハハッ、まあ落ち着けって。あんまりカリカリすると持病の血圧上がっちまうぞ?」

「私は高血圧じゃない!」


 フシャーッと髪を逆立てる姉貴。

 ここ数年オフィシャル、と言うか人前だとオヤジ相手ですら妙にクールぶってるから、こういう姿は久し振りに見る。


「あの! もしかしてアウラ様ですか!? 特級探索者の!」

「──ええ、そうよ。申し訳ないけど今日はプライベートなの、あまり騒がないでもらえると助かるわ」


 ほら、万事この調子よ。

 こういう時は凄い切り替えの早さだ。鈍臭のくせに。


 つーか、よくよく考えたらレアも普段は深窓の令嬢ロールだし、エイハも知人の女連中を子猫ちゃん呼びする面白キャラだし、俺の周りには二面性の激しい奴しか居ないのか。


「あ、す、すみません……! ところで、そっちの人は、もしかして彼氏ですか!?」

「……………………そんなところよ。ごめんなさい、そろそろレストランの予約時間なの」


 予約は一時間後の筈だが、と口を挟む前に腕を掴まれ、連行される。

 俺は武士の情けで姉貴のファンだろう旅行客に聞こえないよう、小声で喋った。


「その歳で弟と二人きりの旅行は世間体に響くってのは分かるが、流石にオトコ扱いは見栄が過ぎると思うぞ。ま、俺という奇跡に奇跡が重なったパーフェクトなナイスガイを彼氏と偽りたくなる気持ちも分かるが──」

「黙りなさい。泣かすわよ」


 おー面白い。やってみろや。


「ったく。なんでアンタが弟なの」

「そんなもん、オヤジとオフクロが気持ち良いコトしたからに決まってんだろ」


 足を踏まれそうになったので、ひらりと躱した。





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