第122話 まずやるべきことは






「議員達に事実を周知させ、然る後に一般公表。探索者一人あたりのコイン持ち出し枚数にも制限を──いや、パニックを誘発させるだけか」


 険しい思案顔のオヤジが首を横に張る。

 そうだね。やめた方がいいよ、そういう無粋なの。


「再計算の結果、残り二ヶ月を切った時点で壁の光量は著しく落ちて行く。そこからはどっちみちパニックだ。早いか遅いかの差だろ」


 天才かつ最強のナイスガイである俺は、ラーズグリーズから二十五階層の到達報酬ごほうびに関して聞かされた際、一体に対する解除なのかと当然考えた。

 で、一分ほどかけて数十パターンばかり導き出した予測の中には、当然今回の結果に程近いシミュレートも含まれていた次第。


 しかしそれでも、制限解除を行わなければ状況は完全に詰んだままだった。タイムリミットを半分以下に目減りさせてでも、手を進める必要があった。

 故に俺は夕食にシチューとカツを食べながら、死中に活を求めると決めたのだ。ちょっと胃もたれしたが。改めて振り返ると、なんて組み合わせだ。


「稚児達には何も教えなくていい。怯えて縮こまって、可能な限りの延命措置を施したところで、結局のところ十ヶ月だからな」


 四ヶ月だろうと十ヶ月だろうと、ほぼ変わらん。

 どちらにせよ二十六階層以降このさきを登り詰めるには、あって無いような誤差。


「──何も知らなくていい。今日まで生きてきた三百万人は全員、程度の差はあれ八年余り苦しみ続け、八年余り我慢し続けた。だったら今回の件は、ただの吉報であるべきだ。その皺寄せも、穴埋めも、ここに居る天才おれ達でどうにかすればいい。出来る奴が出来ることをやらないとな」


 そう言うと、微妙に面倒臭そうな顔をしたレア以外、揃って神妙に頷いた。

 ……ところでさっきからシャッターチャンス用のポージングを取ってるんだが、エイハが全然撮ってくれなくて悲しい。






「ああそうだ姉貴。これ」


 ポケットに突っ込んだ指先へと触れた硬い感触。

 引っ張り出したそれを、姉貴に向けて弾く。


 赤い宝石がついた、銀の指輪。


「……私達、姉弟よ?」


 何言ってんだコイツ。


「二十五階層の砕けた台座の破片に混ざってた。そいつを嵌めてりゃ稼働条件を満たしてないエレベーターに乗っても動かせるし、一回でも行けばそこからは指輪も要らなくなる」

「ボクが試しました。ちゃんと動きましたよ、二十五階層行きのエレベーター」


 軽く手を上げたエイハを見遣った後、姉貴は納得した風に頷くと指輪を左手の中指に嵌め……ようとするも嵌まらず、小指には明らかに大き過ぎるため、薬指に嵌めた。

 その光景を複雑そうに見つめる周防オッサン


「姉貴が使い終わったら周防オッサンも二十五階層まで行けるようになっといてくれよ。何が起こるか見当もつかねぇ場所だ、射程距離の長いアンタは必須人員だぜ」

「……オレの指に嵌まるサイズには見えんが……」

「だからアンタが最後なんだよ。指輪について聞いた時、飲み込んでも一応使えるってファフニールの奴が言ってたからな」

「…………アウ……雑賀が……身に付けたものを、飲み込むのか……?」


 この人ちょいちょい発想が気持ち悪い。

 あと、姉貴を下の名前で呼びたいならスッと呼べよ。






「さて……堅苦しい話し合いは、ひとまず終いにするとして」


 窮屈なスーツのジャケットを脱ぐ。

 オヤジも姉貴も、よく四六時中こんな格好でいられるもんだ。


「俺は二週間ほど休暇を取ることにした。折角北海道セカイが明るくなったんだ、楽しまない手は無い」


 まずスノボと温泉。この好景気の到来に先んじて急遽運営再開を決めた気の利くスキー場があるから、そこに行って来る。

 近くのお高いホテルのお高い部屋も予約済みだ。二人部屋でな。


「「「「…………」」」」


 と。レア以外全員、何故か目が点になった。


「……は? 休暇? あと四ヶ月半しか無いって言ったの、貴方でしょう?」

「やっぱり人の話を聞いてないんだな姉貴。そいつは赤い壁が消灯するまでの期間であって、実質的なタイムリミットは壁の光量が急激に減少し、民衆がパニックを起こし始めるであろう二ヶ月半後だ」


 北海道セカイ各所で少なからず被害が出ると分かり切っていながら、それを安全な高所でコラテラル・ダメージだと吐き捨てるほど俺は間抜けじゃない。天才オブ天才。


「ッ……じゃあ尚更、休みがどうのとか言ってられ──」

「いや、構わん。寧ろアウラ、お前も一緒に休みを取れ」

「父さん!?」


 余程に想定外な言葉だったのか、ギョッとオヤジを振り返る姉貴。

 ナイス提案。誘う手間が省けた。


「……ここしばらく働き詰めだ。適度に息も抜けん人間にロクな仕事は出来ん。残業も休日出勤も、本来なら決して褒められたことではない」

「でも──」

「どのみち、二十六階層以降への進出にが、今の我々には欠けている」


 そう言われてしまうと納得せざるを得ないのか、押し黙る姉貴。

 やがて深く息を吐き出すと、片目をつむって俺の方に向き直った。


「……私のボード、どこに仕舞ってあったかしら?」

「既に物置から引っ張り出して、昨日のうちにワックス掛けも済ませてある」

「本当に用意周到ね……」


 勿論。






「──オヤジ」


 小会議室に二人だけとなった頃合、オヤジの背中を呼び止める。


「二十一階層と二十四階層に十五分ずつ滞在し、双方での地上時間とのズレを元に二十六階層以降でも発生するだろう時のねじれ、その乖離速度の割り出しは大体終わった」


 背を向けたまま、オヤジは黙って俺の話に耳を傾ける。


「併せてバハムートを基準にBランククリーチャー達のを算出し、攻略に必要な地上時間での期間を弾き出した」


 正直言ってかなりの難題だが、そいつを成し遂げてこその天才であり最強よ。


「二ヶ月だ。二ヶ月経つまでに俺達は三十階層に到達する。いや、してみせる」


 だから。


「アンタもそれまでに、アンタの仕事を果たせ」

「……ああ。降って湧いた好景気に議員達も浮き足立ち、気が大きくなっている。今こそ攻め時だと丸め込むには絶好の機会だ」


 振り返ったオヤジが、ネクタイを締め直す。


「Bランクガーディアン、バハムートの封印解除。必ず承認させる」

「頼んだ」


 正規の手段でそれが出来るのは、この北海道セカイにアンタしか居ないんだからな。

 もしダメなら、その時は本当に保管庫をブッ壊してでも奪って行くぞ。


 そうする必要があるほどに、不可欠なピースなんだ。

 ……ひとつだけ、でかい懸念も付き纏っているが。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る