第121話 吉凶はコインの裏表






 探索者支援協会、そして代理政府から唐突に発表された俺とレアによる二十五階層への到達は、他のあらゆる探索者達──否、北海道セカイ全土へと衝撃を走らせた。


 その最大の理由は、二十五階層の到達報酬ごほうび

 即ち制限解除によって齎された、甚大ながゆえである。






「それじゃあ、この半月に亘る調査活動で判明したについて、改めてさらってく」


 政庁の小会議室。

 オヤジ、姉貴、周防オッサン、レア、あとは調査に付き合ってくれたエイハの五人がこちらに注目する中、スーツ姿で伊達眼鏡をかけた俺はホワイトボードに資料を貼って行く。


「あ、あの、誰かカメラ持ってませんか。それとストロボに、レフ板に、出来れば撮影スタジオ一式……」

「スタジオ……? 会議記録用のデジカメならあるけど……」

「貸して下さい、お義姉ねえさん! それと後でデータも下さい!」

「え、ええ……構わないけど……」


 興奮気味なエイハに押される姉貴。初めて会った時は『切り裂きアウラ』のネームバリューに恐縮しきってたのに、えらい変わりようだ。

 まあ無理からぬ話だろう。天才かつ最強でナイスガイな俺は、ビジネススタイルも宇宙規模で似合うのだ。困る。いや困らない。


 ともあれ、本題に入ろうか。


「まずは二十一階層以降でのCランク以上のガーディアンの召喚制限解除。知っての通り時のねじれの影響で長時間の滞在は出来ないからやっつけ仕事だったが、少なくとも二十一階層と二十四階層それぞれで四体同時に喚び出すことには成功した」


 二十六階層以降へと進出するにあたり、厄介極まる問題だった枷の解除。

 ただ、これに関しては今回の主題ではない。


「次にエレベーターの使用制限。一度でも当該階層に到達するというさえクリアすれば、そこから一階まで戻ってのアンロック作業が省略され、その場での即時使用が可能になった」


 探索者達が等級を上げるため、延いては到達報酬ごほうびを獲得するためのボトルネックだった一往復問題の解決。

 大きな変化だが、やはりこれもと比べれば主題として挙げるには弱い。


「……で。残る四点が、まあデカい」


 指し棒の先端で、ホワイトボード中心に貼った数枚の資料を叩く。


 ──コインの運搬制限解除。

 ──エレベーターの重量制限解除。

 ──モノリスの召喚符カード排出制限解除。

 ──十五階層到達報酬の使用回数制限解除。


。加えて、厄介だったエレベーターの重量制限まで取り払われた。これらにより、ダンジョンから持ち出されるコインの枚数は最低でも今までのに達するだろう。物資不足も一気に解決だ」


 既に兆候は始まっており、今週の換金レートはコイン一枚あたり六百二十円と、協会発足以降の最安値を更新した。

 それでも買取を済ませた探索者達は一様に満足げな顔をしていたため、どれだけ多くコインを持ち帰って来たのか窺える。


 更に。


「赤いメダルを使わずとも、モノリスからFランク以上の召喚符カードが排出されるようになった。一人一枚なのは相変わらずだが、今後は非スロット持ちから大量のFランクやEランクの召喚符カードが協会に出回る」


 そうなれば強力なガーディアン達が、在庫入荷待ちの行列を作っていた多くの探索者の手に渡り、コインの取得枚数もますます増えるといった流れ。

 しかもこの状態で赤いメダルを使えば、がEランクになる。今後協会に登録を行う新人達は、今までの比ではないスタートダッシュが望めるだろう。


 更に更に。


「十五階層到達報酬、つまりガーディアンをEランクからDランクへと進化させる機能を使。よってEランクの召喚符カードが排出された場合、事実上Dランクとしてカウントされる」


 何せ十五階層まで到達した探索者に召喚符カードを預ければ、最短十分で進化完了だ。

 当分、召喚符カード登録情報担当の協会職員達は泊まり込みでの残業が続くことだろう。


 ──ただしD+ランクへの進化に関してはモノリスの召喚符カード排出枚数と同様に別枠なのか、依然と一人一回のみ。制限解除前に到達報酬ごほうびを使い切った者達に関しても、D+の枠は尽きたまま。

 オーバーロードが使えるガーディアンを千体ほど集められれば、二十六階層以降も物量でゴリ押せたやもしれないんだが。


「つまり纏めると、地味に重いコインを大量に運ぶ手段が確立され、そのコインを落とすクリーチャー達を倒すことも容易となり、より多くコインを落とすクリーチャーが現れる階層帯への進出も半分の手間で済むようになった」


 コインが充実すれば、チャンバーを介してあらゆる物資が北海道セカイ中に溢れる。

 資源不足で使えなかった施設の解禁、手が回らなかった地方の復興、旭川市及び周辺一帯の再建、その他様々な事業へと一気に火が入る。


 そうなれば訪れるのは──崩界発生以来の、代理政府始まって以来の好景気。


 …………。

 が。吉凶とは表裏一体。


「この状況、考えようによっては非常にマズい」


 高ランククリーチャーの討伐並びに高ランクガーディアンの排出、更には大量のコイン持ち出し。

 それら全てが赤い壁から吸い上げられるエネルギーによって賄われ、までのスピードを爆発的に加速させた。


「昨日レアと確認したが、現時点でも推移は顕著だった」


 資料を隅に避け、マーカーペンで計算式を書き連ねて行く。

 別に暗算でも簡単、と言うか書かずに済む分そっちの方がラクなんだが、エイハが写真を撮ってるから良い感じの画を作らないとな。


「あと十ヶ月とオヤジ達には言ったが、そいつは訂正する」


 式から導き出された解となる数字を円で囲み、シャッターチャンス用にホワイトボードを叩く。


「今のまま行けば──残り四ヶ月半で、人類おれたちはゲームオーバーだ」


 エイハ。固まってないで撮って欲しいんだが。





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