第120話 二十五階層






「ギリ九分、いや三秒オーバー。多少余裕を含ませたスケジュールだったとは言え、足を出す羽目になるとは」


 狭いエレベーターの中に響く、深く静かな溜息。

 深化トリガーを解いて俺の対面に立つレアが、小さく肩をすくめた。


「流石の我がライバルも、今回ばかりは手こずったみたいね」

「可能な限り向こうの戦力を削いだ上で、搦め手に搦め手を重ねての辛勝。相変わらずノーダメージではあるが、結構な綱渡りだったのも確かだ」


 この天才かつ最強のナイスガイとて、あくまで一個の人間に過ぎん。根源的に人類を超越した真性の怪物を相手取るなら、リスクを負う勇気も時には必要。

 常に同格未満だったDランク以下とCランクとでは、やはり次元が違う。


「スキル無しでFランク以上、ファーストスキル発現でEランク以上、セカンドスキル発現でDランク以上、そしてサードスキル発現によって特化した能力を最大限に活かし、ようやくD+ランク……こと戦闘に於いて人間って生き物は本当に脆弱だ。まあ俺とお前以外の稚児達は、姉貴や周防オッサンなんかを除けば例えサードスキルまで発現させたところでDランクにも届かんと思うが」

「そもそもGランクの時点で強さの区分は『ひと並み』でしょ。そこらの連中がファーストスキルを発現させたところで、一対一じゃFランクにも勝てないわよ」


 その時点だと外套を貫く手段を手に入れたってだけで、身体能力的には一切変わっていないからな。

 寧ろ素のフィジカルと技能のみを駆使し、大型猛獣に匹敵するFランククリーチャーを降せる俺達の方が圧倒的少数派か。


「だからこそ俺が矢面に立つのさ。天才かつ最強なナイスガイの泣きどころだ」

「それに付き合ってあげてる天才儚げ美少女に、感謝と賛辞を述べてもいいのよ?」

「ありがとう」

「どういたしまして」






 エレベーターの扉が開く。

 やはり他の安全地帯と変わり映えのしない、台座のデザインが少し異なるのみである十メートル四方ほどの広間──二十五階層へと到着した。


「さて。三つ目の運ゲー要素だ」


 サッと着崩れを整えてから台座の前に立ち、軽く爪先で小突く。


 もしも二十五階層の到達報酬ごほうび、ラーズグリーズ曰くの『制限解除』を頂戴するにあたって七面倒なが設定されていたら、その内容すら知らない俺達は詰む。

 何度か握って開いてを繰り返した後、俺は台座表面の手型に右掌を乗せた。


「……尤も、ここに関しちゃ多分大丈夫だとは思ってたが」


 各安全地帯セーフゾーンに於ける到達報酬ごほうびで厳しい条件付きだったのは、十階層と二十階層。十五階層は言うに及ばず、五階層の赤いメダルもモノリスから召喚符カードを引いていないことだけが条件ゆえ、徒党を組んだりどこかから召喚符カードを借りても問題無い仕様だった。


 その法則性に則るなら二十五階層の到達報酬ごほうびも、そこまで辿り着きさえすれば大方問題無い筈。

 そんな俺の推論は、眩光を放ち始めたスキルスロットによって証明された。


「おお?」


 光が収まって数秒。音を立てて台座が砕け散る。

 どうやらこいつこそが、とやらを掛けていた元凶だった模様。


「……にしても壊れちまうとは。つまり誰か一人が機能を解放すれば、探索者全員がその恩恵にあずかれるってワケだ」


 正直、予想を立てていた中でも良くない方の結果が出てしまった。レアの表情も少し険しい。

 が、どのみち召喚制限が掛かったままではこの先に進むなど絶対不可能。潔く諦め、切り替えて行くとしよう。


「さて。あとは帰るだけだが」


 レア曰く、上から見た二十四階層の景色は深化トリガーによって得た猛禽類並みの視力を駆使してすら果てが見えないほど広大だったそうだ。

 そんな中から上層行きのように空へと向かって伸びる目立つ構造というワケでもない高さ三メートル足らず、直径二メートルあるかどうかの円柱、即ち下層行きのエレベーターを一から探すとなると、何日がかりの作業になるやら。レアのケルベロスに騎乗しようにも、あの巨体では森の中を突き進むのに全く適していない。


 どう考えても捜索中に北海道セカイは終わる。万が一そうなる前にエレベーターを見付け出せたとしても、二十三階層、二十二階層という未だクリーチャーが健在かつ完全に未知な領域でも同じことを繰り返さなければならない。百パー不可能だ。


 なので、これが最後の運ゲー要素。


 広間の一辺に沿って、三基並んだエレベーター。

 その真ん中に据えられた一階行きの前に立ち、開閉スイッチを押す。


 すると──ゴリゴリやかましい耳慣れた稼働音を響かせ、ゆっくりと扉が開き始めた。


「──よし。エレベーターの使も解除されてるな」





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