第119話 首狩りウサギの本性






〈………………………………ッ、は?〉


 少しずつ緩慢に目を見開かせ、そんな音に近い声を発するボーパルバニー。

 一方の俺はガンスピンを披露しつつ、その解答に至った筋道を述べる。


「人間を殺すため、チカラを削って階層を下ったと、前にそう言っていたな」


 実際初めて遭遇した十三階層では、笑うだけで窒息しかけるほどの劣化を抱えていた。


 そうまでして何故殺したいのか。単なる嗜虐的嗜好サディズムなのか。

 否。サディストなら自身の劣化などというには及ばない。一方的に他者を斬り刻むことが目的なら、例え僅かにであろうとも己のチカラを削り取り、獲物との格差を埋め立てるような真似は絶対にしない。


 つまり。


「お前の殺戮は代償行動だ。自分がされたいことをしてくれる相手が居ない、その鬱屈を晴らす、いや誤魔化すためのな」

〈ちっ……違う、ちがっ──〉

「違わないね。お前はオスに組み伏せられて、斬り刻まれて、弄ばれて、殺されたいんだよ。なんとも良いご趣味をお持ちで」

〈違う違う違う違う違うッッ!! いい加減なこと言うなァッ!!〉


 金切り声を張り上げ、神速で俺との間合いを詰めるボーパルバニー。

 敢えて避けずにいると、その鋭利な爪は俺の頸動脈を切り裂く手前で止まり、ガタガタ震えていた。


「ほら殺せない。お前はさっきからずっと俺を殺すフリだけ繰り返し、甚振られることを愉しんでいた」

〈違う……ちがう……〉

「だったら何故、お前は今?」


 そう問われ、己が頰を撫でたボーパルバニーが、無自覚に吊り上がった口角を自覚する。

 二歩三歩とおぼつかない千鳥足で退き、その場にへたり込む。


〈ああああ……ああああああああっ〉

「泣くな泣くな。誰にでも他所様に言えない趣味嗜好のひとつくらいあるもんだ」

「それは興味深い話ね。是非とも聞かせて貰いたいものだわ」


 力を使い果たし、飛ぶのもやっとなラーズグリーズ共々に上空で待機していたレアが、余計な茶々を入れて来る。

 お黙りあそばせ。


「……赤っ恥ついでだ。して欲しいことを言ってみろ。叶えてやるよ」


 精微な彫刻で飾られた銀色の銃身を、眼前に掲げる。


「お前みたいな変態ウサギのリクエストに、寛大にもこの天才が応じてやろうってんだ。こんな機会、今を逃せば未来永劫訪れないぞ?」

〈あぐっ……!?〉


 顔面に魔弾を撃ち込み、一瞬だけ外套が緩んだところに膝蹴りを見舞う。

 あっさり倒れ、そして起き上がり、俺を見上げたボーパルバニーの表情は──蕩けるような恍惚に染まっていた。


〈……キャハッ、キャハハッ〉


 左腕と、二の腕半分ほどが残った右腕を広げ、身を差し出す。


〈ワタシを、ワタシをバラバラに斬り刻んで、グチャグチャにしてえっ〉


 歓喜の涙を頬へと伝わせ、俺に望みを懇願する。


〈今度はワタシが……アナタの、オモチャ〉


 その喉笛に、銃口を押し付けた。


 …………。

 やっと。やっとだ。


 俺の前でコイツに殺された、名も知らん三人の探索者達を──やっと、弔ってやれる。





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