第117話 回避率100%






 俺は今日まで、一度もクリーチャーの攻撃を生身で食らったことは無い。

 持ち物まで含めれば、初日にエルダーコボルドの牙で義手を噛み砕かれたのが唯一か。


 その理由は単純明快。俺が天才かつ最強のナイスガイだから……だと少し大雑把か。

 まあ物事の結果に於ける要因なんて概ね複合的なものゆえ一概にコレのお陰と言い切るのは難しいのだが、比率の大きい要素なら幾つかある。


〈ふうぅ、ふううぅ、ううううううううっ!!〉

「ほう、爪でも真空波を起こせるのか」


 まず第一に思考速度。

 例え戦闘中であっても理路整然と脳を回せる、俺という天才を形作る才能の一角。


「が、砕けた骨刀を起点にしたものとは比較にならん粗末さだな。今のお前自身の劣悪なコンディションも合わさって、十メートル先にも届いていないぞ」

〈うぅるさい、うるさいうるさいうるさいぃぃぃぃっ!!〉


 勿論、思考を回すだけでは意味が無い。常に冷静かつ俯瞰的でなければ、目まぐるしく状況が変化する戦闘の中で二手三手先を見据えた適切な判断は下せない。場当たり的な手将棋では、同格や格上は勿論、格下相手にすら不覚を取りかねないのだ。

 故にこそ俺は、いかなる時でも余裕とゆとりを忘れないことを重要視している。天才は焦らない、リラックスリラックス。


〈ああ、ああああっ、当たらないっ! なんで、なんで、ワタシの方が速いのにっ!!〉

「速さではなく素早さ、初速ではなく初動の差だな」


 言うまでもなく、思考を回すには情報が必要。

 そして人間は、外部情報の八割以上を視覚から得ている。


 俺は目がいい。単純な視力もだが、最たるものは動体視力だ。

 加えて深化トリガーを発動させて更に特化された今なら、秒間数十発で飛んでくる機関銃の弾、その一発一発に書かれた文字すら読み上げられるほど。


 第三の目の恩恵を受けて全方位三六〇度へと拡張された視界も合わさり、周囲一帯の全てを視認可能。

 そこから合理的、或いは直感的に必要と判断した情報だけを注視し分析、思考を回すための材料に変えている。


 ついでに言えば、側頭部に左右二本ずつ生えている角。

 こいつは目に見えない違和感なんかを拾う一種のセンサー。万一、俺の視覚を掻い潜るような何かがあったとしても、その時はコイツを筆頭に耳や鼻など別の器官が報せてくれる。


「おっと」


 ただし、そもそも俺は徹頭徹尾考えて動いてはいない。

 実は現時点でも、頭で判断を下してからでは反応が間に合わない瞬間も数度あったが、そういう時は身体が避けている。


 大仰な言い方をするなら、反射神経による肉体の自動操縦。

 四年前の旭川でも俺が腕一本だけで済んだのは、これによる咄嗟の回避が非常に大きかった。


 ──とどのつまり俺の類稀な回避能力は、七割が動体視力による探知とノータイムでの分析及び適切な判断。二割が反射神経。残りの一割は、その他の細かな要因によるもの。


〈っああァァァァァァァァッッ!!〉


 なお冷静さを欠いて頭に血が上った者の戦闘がどうなるかというのは、俺の目の前に居るボーパルバニーが典型的な見本だ。

 一撃まともに食らわせれば倒せるからと雑な攻撃、隙だらけの所作。結果、スペック的には片腕と武器を失おうが未だ遥かにこちらを上回っているにも拘らず、この有様。


 尤も、そのスペックとて今なお天地ほどの開きがあるかと言えば、否。


〈この──ッ!?〉


 数十センチだけ縮地でボーパルバニーとの間合いを詰め、銃口を押し付けた。

 深化トリガーは特化部分以外のあらゆる能力も飛躍的に向上させる。縮地の泣きどころだった発動直後コンマ二秒間の硬直も、この状態なら限りなくゼロに近い。


「十三階層の時は、半歩引かせるのがやっとだったが」

〈あぐっ……がッ……!!〉


 左腿に五発、右膝に三発、腹に六発、目玉に二発。

 うち半分が外套を貫き、ボーパルバニーの肌身へと食らい付き、肉を抉り、人とは少し質感の異なる血を噴き出させた。


「ようやく、お前の命に爪先が届きそうだ」


 まだ数週間前の話だけど。





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