第116話 右腕と左腕
〈う、ぐっ……ワタシの、刀ぁ……ッ!〉
投げ捨てられる、ひび割れた柄を残すのみとなった骨刀。
だらりと左腕を垂らし、苦悶の表情で歯軋りを鳴らすボーパルバニーに、敢えて講釈を述べることにした。
「ランクの割に小柄すぎる、つまり軽すぎる身体が災いしたな。お前の体重であれだけの運動エネルギーを受け止めるには、膂力の大半を足腰の踏ん張りに費やさなけりゃならない。得物を気遣う余地なんて無かった」
身軽さとはスピードを保ったままでも自在に動き回れる長所だが、同時に重心が据わっていないという短所でもある。
攻勢のうちはいいが、守勢に回れば脆い。その守勢に回らせるのが苦労だが。
「ま、両腕揃ってたか、右腕の方が残ってたなら、上手いこと受け流せたかもな」
ボーパルバニーは右利きだ。十三階層でも二十一階層でも右手で骨刀を扱っていた。
昨日──向こうにとっては十一日前、他を庇うために右腕を棄てたのも、咄嗟の行動で反射的に利き腕が出たのだろうし。
故にこそ先程までの骨刀を扱う動きもどこかぎこちなく精彩を欠いており、斬撃を繰り出そうとする初動を逐一潰すことも適ったワケだ。
「それに、お前がいざとなれば片腕くらい犠牲にしてでも優先すべきものを護ろうとする賢い獣だってのは実証済み。だからこそ確実に武器を損なわせるため、腕が治る前に攻めたかった」
クリーチャー及びガーディアンの持ち物もまた、身体の傷や欠損と同様に時間を置けば修復される。
そう、時間を開けば。即時補充とは行かない。
つまりボーパルバニーはここから先、隻腕に加えて素手で戦わなければならない道理。
と言っても、片腕しか無い点は俺も同じだが。
「くくっ」
左上腕部のジョイント外し、義手を投げ捨てる。
実を言うと義手にモデルガンを仕込もうかと考えた時期もあったんだが、重くなり過ぎるからやめた。肩こるわ。
そんな邪魔ったるい代物に、今も右手に握ってるピースメーカーほどの愛着とか抱けそうもないし。
「サービスだ。ここからは熱烈な御指名にお応えして、この天才かつ最強のナイスガイが
当然リップサービス、と言うか事実の曲解である。
ラーズグリーズは単純にオーバーロードの反動でもう戦えない。レアも代わりの槍を用意する時間が無く、杖槍も骨刀と共に砕けた今、戦闘手段を失った。
が、そんなもの馬鹿正直に伝えてやる必要は無い。こちとら天才、口八丁による印象操作なんて朝飯前よ。
〈……うううう、ううううううううっ〉
前屈みに俺を睨み付けるボーパルバニーが、痺れを残す左手でガリガリと首筋を掻く。
やろうと思えば今この状態からでも俺達を皆殺しにするくらいのチカラは残ってるだろうに、随分とメンタルが弱ってる模様。
「そら、さっさと来い。それとも尻尾を巻いて逃げるか?」
逃げて回復を待たれるのが一番困る。階層を移動する能力を持ってるなり方法を知ってるなりするコイツは、ここで確実に仕留めておきたい。
一対一を提示したのも、向こうのプライドを刺激して逃走の選択肢を頭から消すため。
「──ハッ。所詮、メスか」
〈ッ──ぐぅるる、ぅああああああああああああッッ!!〉
じりじりと後退の様子を見せていたので、今までのコイツの言動から一番効果のありそうな煽りを抜き出し、ぶつけてみる。
するとボーパルバニーは金色の瞳孔を引き絞り、まさしく獣の叫びを上げ、飛び掛かって来た。
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