第115話 破界と破壊






 予め上空へと待機させていたラーズグリーズが、噴き上がる熱量と共に四枚翼を広げる。


〈ムスペルヘイム……は、前にも使いましたか……崩落せしアースガルズ、海を割る大蛇、戦禍を運ぶナグルファル。甲冑を鳴らせエインヘリャル、開戦の号砲に雄叫びを上げよ〉

「もしかしてお前の口上、毎回その場で適当に考えてるのか?」

〈ふゅーふゅーふゅー〉


 吹けもしないなら口笛で誤魔化そうとするな。


破界ラグナロク!〉


 強引に会話の流れを断ち切り、照射される光熱の柱。

 まあエネルギーの収斂に何秒か必要みたいだし、その間で収まるなら口上くらい好きなだけ並べてくれていいんだが。

 焦りや恐怖で視野が狭くなるより、虚勢であろうと軽口を叩いてる方が遥かに良い。格上との戦闘中こそ余裕を忘れずに、だ。


〈馬鹿のひとつ覚えめ! ソレは二度と食らわない!〉


 一方、己の右腕を奪われるに至ったその一撃を大層警戒し、持ち前のスピードで射線から外れるボーパルバニー。


 一歩目の時点で時速六〇〇キロメートル以上。ケルベロスの最高速度にも並ぶ初速。

 確かにアレなら、トップスピードに乗れば超音速にも届くだろう。


〈キャハッ!〉


 加えて、膂力に特化した姉貴の深化トリガーを正面きって片手で受け止める身体能力と身軽さから、機動性や制動性も桁外れ。

 スピードを一切落とさず、直角どころか鋭角の軌跡を描いて駆け回り、またも骨刀を構える。


 およそ人間の動体視力で追える域を超えている動きだが、俺の深化トリガーは視覚に特化している上、その視界は三六〇度。

 通常時には消えたように映っただろうボーパルバニーの姿を一瞬たりとも振り切られずに捕捉し続け、足を止めた瞬間に八発のファニングショットを繰り出す。


「当たらねぇ」

〈キャハハハッ、へたくそぉっ!〉


 甲高く俺を嘲笑うボーパルバニー。

 よくも言ってくれたな。自覚してても他の奴に指摘されると腹が立つんだよ。便所で話し合いを開きたくなるくらいには。


 それと、今のは別に当てるために撃ったんじゃない。

 移動したお前の位置を、ラーズグリーズに教えるために撃ったんだ。


〈そこですか〉


 オーバーロードは負荷が大きく、長くは持たない。しかもラーズグリーズの破界ラグナロクは、本来その過剰出力の全てを費やして撃ち放つ技であるため、照射後に戦闘を続行する余力は殆ど無い。


 なので今のは、技のモーションを見ればボーパルバニーが絶対に回避行動を取ると予測しての単なる。中身の詰まっていない見せかけ。

 本命の攻撃は、ここからだ。


〈グングニルの真なる使い方を教えて差し上げます〉

〈なッ……!?〉


 総量こそ及ばぬも、出力だけならCランク相当のエネルギーが杖槍全体へと纏われる。

 次いでラーズグリーズは柄を逆手に持ち替え、一直線に投擲した。


〈ぐ、うっ……けど……これも……馬鹿の、ひとつ覚えっ!!〉


 重い金属音と衝撃波を伴う激突。

 しかし、花火程度とは言え破界ラグナロクを撃ち、多少なり消耗した直後。正真正銘のCランクと渡り合うには見劣りが目立ったラーズグリーズの杖槍は、やがて少しずつ押し返される。

 そしてに、空中高くへと跳ね飛ばされた。


〈──キャハッ、キャハハハハハハッッ! ちょっと驚かされたけど、軽い軽い、軽いのよぉっ! 前に片っぽハネから撃たれたやつの方が、まだ重かっ──〉


「あらそう? じゃあ、やってあげる」


 打ち上がった杖槍を、これまた予定通りに掴み取ったレアが、そう告げる。

 次いで黒い片翼を一回大きく羽ばたかせ、加速のための距離を開けた。


「言っておくけど、この槍なら前回ほど簡単には壊せないわよ」


 魔槍の発動によって濃い紫色の膨大なオーラが杖槍を覆い、更にはオーラそのものが円錐のように鋭く模られて行く。

 やっぱ槍でいいのか、あれ。でも穂先あたりのデザインがゴチャゴチャしてて、杖にも見えるんだよな。


「一刺確殺。一投鏖殺」


 柔軟性に特化した深化トリガー形態の肢体が作り上げる、柔らかくも破壊的な投擲フォーム。

 サードスキル発現を受けて性能が底上げされた豪力のリソースが、力流動によって投擲の所作に合わせ、コンマ一秒刻みで適材適所へと振り分けられる。


「塵と化せ」


 投げ放たれたのは、地上で使えば大惨事必至の、災害にも準ずる一撃。

 前回の決め手を担い、腕一本持って行ったラーズグリーズからの攻撃を凌いだことで油断が顔を覗かせていたボーパルバニーには回避のための一歩を踏み出す猶予すら残されておらず、再び骨刀で受け止める以外の選択肢は無かった。


「……ファフニールが言ってたな。油断さえしなけりゃ、お前は恐ろしく強いって」


 しかしそいつは裏を返せば、そうした注釈を入れられるほど容易く油断するということ。

 攻め手のひとつふたつ振り払ったくらいで大喜びしやがって。だから足元を掬われる。


「余裕と慢心は違うんだ。辞書引いて出直しやがれ」


 俺が溜息混じりに発した、その言葉尻へと合わせるように。

 せめぎ合う骨刀と杖槍が、ほぼ同時に──両方とも、砕け散った。


「武器破壊完了。予定調和が過ぎて、達成感すら湧かねぇな」





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