第113話 二十四階層






 瞬間移動と併せて身体に掛かった慣性を着地時の一歩で踏み締め、押し殺す。

 次いで三六〇度を見渡す視界へと映り込む、四半秒前にも空間の裂け目越しに見た景色を前に、俺は第一段階の成功を悟った。


「ハッ。流石の天才も胸を撫で下ろしたいところだぜ。サブプランもねぇサイコロ任せの発案なんざ、そうそう実行に移すもんじゃねぇな」

「そうは言っても、まともなルートじゃもう完全に詰んでるのよ。無理をひっくり返したいのなら、博打を張るしかないでしょう?」

「違いねぇ」


 分厚い雲に覆い尽くされた空の下で鬱蒼と広がる、一本残らず枯れ木の森。

 二十一階層も大概だったが、ここは輪をかけて色気の無い場所だ。


「レア」

「ええ──深化トリガー


 白く照り返す髪に、オリーブ冠を思わせる頭上の光輪ヘイロウ

 まるで天使のような形態へと変貌したレアが、天使とは真逆な黒い片翼を羽ばたかせ、空に躍り出る。


「あったわよ、エレベーター。すぐ近くね、歩いて五分くらい」

「よしっ」


 拳を握る。二番目の運ゲー要素クリア。


 跳んだ先が二十五階層行きエレベーターの近くじゃなけりゃ、また何日も無駄に時間を使う羽目になるところだった。

 残る猶予はたった五ヶ月。二十六階層以降がどうなっているのか現状では見当もつかない以上、ここでタイムリミットを削ることは何としても避けたかった。


 あとはさっさとエレベーターに乗り込んじまえば、話は早いんだが。


。すぐ前に陣取ってる」

「やっぱりか。ま、そう何もかも都合良くは行かねぇわな」


 レアが指差した方向から感じる、強烈な気配。

 今までで一番に重い。立ってるだけで大人も泣き出すだろう、あまりに濃密な殺気。


「傷の具合は」

「腕以外大体治ってるわね。何故か貴方の噛み跡は消えてないみたいだけど」

「そうか。ここまでは想定の範囲内だな」


 ボーパルバニーが二十一階層から姿を消したのは、あそこで時のねじれが始まるよりも前。

 つまり奴は既に十日以上、自分本来の階層で休息を挟んでいる。

 これもまた可能な限り急いだ理由のひとつ。少なくとも右腕が修復される前に、ここへ来ておきたかった。


「腕一本落ちたままなら十分だ。ラーズグリーズを出したら即仕掛けるぞ。どうせ向こうも俺達には気付いてるんだ、正面から行く」

「ええ。手筈通り、シドウ君が前に出るってことでいいのよね」

「当然だろ。こちとらゼロ距離じゃなけりゃ弾が当たらねーんだからな」


 ボーパルバニーとの戦闘の有無も勝敗の行く末も、どっちも残り二つの運ゲー要素には入っていない。

 確たる勝算ありきで、こちらが勝利することを前提とした運びで、三十分もあれば札幌市全域を更地にしてしまえるだけのチカラを持った真性の怪物に挑ませて貰う。


「階層を移動したことで、刻限もリセットされた」


 オヤジがファフニールを持って来させるまで暇だったから、その間に改めて、時のねじれに関する計算を詰め直した。


 二十一階層の場合だと、地上と流れる時間の速さが乖離を始めるまで十三分三十八秒。

 サンプル皆無なため二十四階層ここだとどうなっているのかは流石に分からないが、二階層から十九階層のデータを見直した結果、ねじれは大きくなっていると確認済み。


「俺の計算だと九分三十三秒だが、お前は」

「九分二十七秒」


 六秒差。

 お互い大雑把に弾き出した数字だし、そんなもんだろう。


「なら間を取って九分半、エレベーターに乗り込むまでの余裕を持って九分ちょうどだ」

「異議なし」


 それまでに──ボーパルバニーの命を貰う。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る