第106話 退廃の誘惑
──二十一階層以降への進出計画は、無期限凍結とする。
俺の立てた、時のねじれに関する仮説──まあ九分九厘合ってるだろうけど──を聞いたオヤジが、そう宣言してから一日後。
俺はレアを自宅に呼び付け、どうしたもんかと考えていた。
「あー」
「何やってるのシドウ君」
「見て分からんか。デスクチェアにもたれかかってクルクル回ってるんだ」
「何故そんなことをしてるのか聞いているのだけれど」
思考を回したい時、こうすると良いんだよ。
やり過ぎると船酔いするから注意。
しかし。
「マジで参ったな。壁の消灯まで十ヶ月ちょい、
Cランクガーディアンは二十五階層到達まで事実上の使用不可。更には時のねじれなどという意味不明な仕様の発覚。
「加えて二十一階層から二十二階層行きのエレベーターまでは、どう考えても三時間近い遠足コースだ。移動だけで外じゃ二週間は消える。どんな長旅だ」
ケルベロスやサンダーバードに騎乗すれば話は別だが、最高時速六〇〇キロメートル以上を叩き出す高機動型のガーディアン達に乗って全速力で移動させれば、いくら
未知の、いや例え既知であってもCランククリーチャーを相手に戦う前から消耗を重ねるなど愚の骨頂。だがしかしコンディション面での万全を期すとなると、圧倒的に時間が足りない。
「そもそも、よしんばCランクの残り三匹を首尾よく倒せたとして、次に待ってるのは……」
今まであまり考えないようにしていた、二十六階層以降の敵。
唯一の例であるバハムートを基準に弾き出された大まかな強さの区分は『半日もあれば
「アレは流石に、ちょっとだけしんどいな」
俺は直接Bランクを見たことは無いが、それが齎した破壊の爪痕なら間近としている。
たった六十秒間で、あの大惨事だ。
Cランクを最強の怪物と呼ぶのなら、差し詰めBランクは戦って最強を示す必要すら無い無敵の存在。ほぼ現象に近い。
あんなもの、いかに俺が天才かつ最強のナイスガイでもあっても手に余る。化け物とかそういう次元を通り越して、核兵器に手足と脳髄が生えて歩き回ってるみたいなもんだ。一個人の手でなんとかなると思える奴は話にならないくらい頭が悪いか、同等の存在であるかの二択だろう。いや居てたまるか後者。
「で、そんな雲の上の超常存在達に唯一対抗出来るだろう
分厚いチタン合金の壁を破壊しない限り持ち出し不可能。警備も厳重。
天才の俺なら警備を掻い潜るなど朝飯前だし、保管庫もファーストスキルを使えば容易く壊せるとは言え、果たしてそのようなスマートでない手段を取って良いものか。
「いや、だからまずは目先だろうがよ。召喚制限を外さねぇ限り、Cランク以上は一階層に一個体まで。今後どうするにせよ、現状の手札だけで二十五階層到達は絶対条件……」
全然考えが纏まらないし、回り過ぎて酔ってきた。
いつもなら酔う前に妙案のひとつも閃くんだが、今回ばかりは難題が過ぎるか。
と。
「……ねぇ、シドウ君」
「ン?」
取り敢えず呼び付けたはいいが、話し合いの方向性も定まらずほったらかしにしてしまったレアが俺を呼ぶ。
この扱いは流石に無かったなと思いつつ、彼女の方を向けば──しゅるりと改造制服ならぬ新造制服である校則違反な黒セーラーのリボンを解く、衣擦れの音。
「私これでも、それなりの覚悟と用意をして貴方の家に来たのだけど」
「?」
「自棄を起こした貴方に押し倒されて、何時間も啼かされるくらいの事態は想定した上で、ここに居ると言ってるの」
リボンを足元に滑り落としたレアが、そのまま俺のベッドに腰掛け、首を傾げる。
「いいわよ、貴方なら。それともどっちが先に根を上げるかの勝負にする?」
「……急にどうした。お前の方こそ自棄を起こしてるんじゃねぇのか?」
「かもしれないわね。だって面倒臭くなったんですもの」
マットレスのスプリングを軋ませ、倒れ込むように寝転んだレアが静かに溜息を吐く。
「いいじゃない、
「…………」
「一年前、貴方が人類を助けたいと言うから私もそうしようと思ったけど……分かってるでしょ? あんなギミック、攻略するなら地上時間で何年かかるか。私達が壁の寿命を確信したあの時点で、もうとっくにタイムオーバーだったのよ」
そもそも、と言葉が続く。
「人間なんてどこに居るの。この世は私と貴方以外、どいつもこいつも誰も彼も、猿ばかりじゃない」
それは俺と同じく、物心ついた頃から周りと比べて突出した、突出し過ぎた存在であったがゆえの、紛うことなきレアの本心。
「貴方は他人を稚児だと愛でられるけど、私には薄汚れた間抜けな猿だとしか思えない。だから貴方がそうやって、貴方の価値を十分の一も理解出来ない猿共のために手を尽くそうとする姿を見てるだけで──ずっとずっと、イライラしてたのよ」
ゆっくりと身を起こしたレアが、濡れた瞳で蠱惑的に笑う。
「もういいじゃない。どうせ
俺に向かって伸ばされる手。
それを取れば多分、かったるいことも面倒なことも、何もかも投げ出せるだろう。
対する俺は少し考え、こちらも手を伸ばし──チョキを出した。
「…………え?」
「今日も俺の勝ちだな。ここしばらくツキが回り通しだ」
そう言って立ち上がり、ハンガーにかけてあった上着を取って羽織り、自室のドアノブに手をかけてから、振り返った。
「出掛けるぞ。甘いものでも食べに行こう」
常に接戦、何をやっても最後まで結果の見えない緊迫した勝負に興じるのも悪くないが──
「──たまには普通に、デートしようぜ」
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