第104話 遅過ぎた凱旋






「妙なのに目ぇ付けられちまった……」


 あの後、空を飛べるレアとラーズグリーズに二十二階層へと続くエレベーターを探させ、一時間ほどかけてルートを見付けた俺達は、一旦の帰路に就いていた。

 レアは武器の補充も必要だし、オヤジに報告すべきことも色々できたしな。


「アレを聞かされた俺はどういうリアクションを返すのが正解だったんだ? いくら天才でも、ウサギの化け物の価値観まではよく分からん」

「……だ、だが……退いてくれたのは、寧ろ好都合だった……」

「そこで退と言えないのが貴方よね周防。シドウやレアちゃんみたいな自己肯定感の塊になれとまでは言わないけど、曲がりなりにもトップ探索者の一人ならシャンとしなさい」

「むう……こればかりは、どうにも生来の性格でな……」


 姉貴に叱られ、バツが悪そうにする周防オッサン

 元陸自のレンジャーって経歴や探索者としての実績の割、妙に覇気が無いんだよな。根暗思考と言うか、陰キャ気質と言うか。

 さっきの戦闘中、モデルガンとは言え対物ライフルなんて速射にも立射にも全く向かない代物で、身軽かつ素早いボーパルバニーの目玉にジャストミートさせてたあたり、腕前は確かなんだが。

 姉貴同様、戦闘という一ジャンルの技能に於いては、この天才の目で見ても戦力として懐に入れておきたいレベルだってのに。


「とは言え周防オッサンの意見にも一理あるぜ姉貴。あのままボーパルバニーが戦闘続行を選んでたら、分が悪かったのは確実に俺達の方だ」


 ラーズグリーズはオーバーロードの反動でまともに戦えず、他のD+を出したところでという最も大きな隙を突かれて斬り刻まれただろう。

 だからこそ当初の作戦、プランAでは接敵前に全軍展開させる手筈だったし。


「今後のプランは全部練り直しだな……まさかCランクの召喚すら出来んとは」

「D+の数を揃えて飽和攻撃で仕留めるしかないわね。十枚もあれば足りるかしら」

「寄ってたかって袋叩きで仕留めるだけならな。次の相手が超長距離攻撃の手段とか持ってないことを祈ってみるかレア?」

「そんな暇があるなら、そのシチュエーションに対応できる案を考えるわ」

「だよな」


 ボーパルバニー以外のCランククリーチャーの情報は、ほぼ白紙状態。

 名前だけは『ハヌマーン』『紅孩児』『ジルニトラ』と判明しているものの、やはり実際の能力などは直接相対しなければ確認のしようが無い。

 二十一階層の猿みたいな兵士達の亡骸のことを考えると、あそこの本来の主はハヌマーンだった説が濃厚だが、それが分かったところで、だしな。


 自分達は神話などの物語をなぞって作られた、などと言うガーディアンも居たらしいが、ラーズグリーズの戦闘機操縦のように逸話に無い技能が備わってるケースも多い。ボーパルバニーなど、まさしくその最たる例だろう。

 前情報だけで判断するのは愚策だ。しばらくは適当に様子見を繰り返して、相手の手札を探って行くところからか。


 …………。

 やめだやめだ。戦いが終わった直後に次の戦闘のことを考えるとか、典型的な余裕の無い奴のパターンじゃねぇか。

 勝つ度に兜の緒を締めてたら首まで絞まっちまう。勝ったなら脱げよ兜。蒸れるぞ。


「ともあれ、二十一階層の開放には成功した。前人未到の第一歩目を成し遂げた英雄として、オヤジから表彰状の一枚くらいは貰っとこうぜ。ちょうど新しい鍋敷きが欲しかったんだ」

「……そうね。終わってみたらあっという間で、まだ実感無いけど」


 そう言って深々と息を吐く姉貴。

 無理もない。戦ってた時間とか、数字にしたら精々数分程度だしな。






 二十階層に着いたエレベーターを降り、軽く伸びをする。

 四人だと狭苦しくてしょうがない。五分前後の短い間とは言え、気が滅入……らない。天才はメンタル管理にかけても天才なのだ。


「……なにこれ」


 予め二十階層に運んでおいた飲み物を傾けていると、怪訝そうな表情で簡易携帯電話の画面を見下ろすレア。

 安全地帯のここならば電子機器が使えるとは言え、昔のスマホなどと比べれば格段に機能が劣るものを弄り回して何か楽しいのかね。


「どうした」

「日時表記が滅茶苦茶になってるわ。壊れたのかしら、買い換えたばかりなのに」

「ダンジョンに機械類持ち込んだりするからだろうが。しかも時計なんか真っ先にズレるって聞くぜ」


 そんな会話を交えつつ水分補給だけ済ませ、一階行きのエレベーターへと乗り換える。

 あと数分、すし詰めが続くのか。流石にちょっとツラい。






 ──到着したエレベーターの扉が開いた瞬間、妙な違和感を覚えた。


「なんだ?」


 一瞥する限りでは、いつもと何も変わらぬ光景。

 強いて言うなら一時間そこらならこの場で待っていそうだったオヤジが居ないことくらいだが、急用でも入ったんだろう。


 そんな風に考えていると──横から衝撃。


「シドウ! シドウッ! ああ、本当にキミだ! 帰ってきてくれたんだね!!」

「お、おお? エイハ?」


 俺の体幹が人並みだったら押し倒さんばかりの勢いで抱き着かれ、たたらを踏む。

 熱烈な歓迎に悪い気はしないが、ちょっとばかりオーバーではなかろうか。

 

「おいおい。全人類の第二の太陽たる俺が居なくて寂しかった気持ちは分かるが、流石に大袈裟じゃないか? 心配しすぎだろ」

「心配するに決まってるじゃないか!」


 涙声を張り上げ、面を上げるエイハ。

 その顔は、つい一時間ほど前と比べて、あり得ないほどやつれていた。


「……何かあったのか?」

「それを聞きたいのはボクの方だ!」


 通りの良いハスキーボイスが何度も張り上げられたことで、気付けば周りの者達はこぞってこちらを見ていた。

 そんな状況を露とも気にせず、エイハが更に叫び──俺達四人の思考は、止まった。


も、一体何をしてたのさ!?」

「……………………な……に?」





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