第103話 戦術的勝利






 俺以外の目でも視認が能う程度には空気が晴れた孔の底にて蠢く輪郭。


 片耳を半ば失い、右腕を欠き、それでも他には目立った痛手を負っていないボーパルバニーの姿。


「……成程。敢えて片腕を、他所に外套の出力を集中させたのか。アホの割に咄嗟の判断力は長けてるみたいだな。オフクロと同じタイプだ」

「ちょっとやめてシドウ……確かにって思っちゃったじゃない」


 だいぶ落ち着いた姉貴を離し、ホルスターからモデルガンを抜く。

 手負いの獣か。考え方によっては、さっきまでより厄介だぞ。


〈……うう、ううう、ううううううううっ〉

「?」


 立ち上がり、まず俺を睨み付けるボーパルバニー。

 けれど、その目に篭められた感情が今ひとつ読み取れない。

 怒りであることは確かなんだが、傷付けられた憎悪や怨嗟などとは少し毛色の違う、どちらかと言うと羞恥あたりに近いような……。


「首を噛んだせいじゃない? 動物が交尾する時のマウンティング行為の一種でしょ」

「ああ成程」


 俺の歯並びパーフェクトな歯形がくっきり残った首筋。

 それに触れた後、ボーパルバニーはぶるぶると震え、そして吼えた。


〈よくもワタシを組み伏せたな……オスのくせに、オスのくせに、オスのくせにっ!!〉


 底から跳び上がったボーパルバニーが馬鹿でかい穴の淵、俺達とは対面側に着地する。

 左手に握った骨刀は半ばから折れていたが、未だ人の胴を断ち落とせるだけの刃渡りは残っている上、そもそも奴は真空波で軽く百メートルを超えた広範囲に斬撃を飛ばせる。本気を出せば、更に範囲も攻撃力も上がるだろう。


〈今すぐオマエ達を片付けてやりたいところだけど、もう疲れたし、じゃ駄目だ。ワタシはワタシの階層に帰る〉

「……何?」


 流石に聞き捨てならない宣言。

 自分の階層に帰る、だと?


〈弱っちいニンゲン共がワタシの階層まで来られるワケが無いから、ワタシは自分のチカラを削って二十一階層ここまで降りて来た。でも最近はここにすら来なくなったから、更にチカラを削って十三階層したまで降りた。流石に息苦しくて、すぐ戻ったが〉


 そいつはなんとも、興味深い話だな。


「……そう言えば、麒麟からはCランククリーチャー四種の名前なんかについては聞いてるけど、どいつがどの階層に巣食っているのかまでは知らなかったわ」


 思案顔で姉貴が呟く。

 つまり俺達は、勝手にボーパルバニーを二十一階層担当だと思い込んでたってことか。


「なら元々この階層に居た奴はどうした。召喚制限ってのがあるんだろ、引っ越しで入れ替わったのか?」

。ワタシ達は元々生まれたところより下には行けても上には行けない。ワタシがたくさんニンゲンを斬り刻むために、ヤツには死んでもらった。強引に割り込んで、不意打ちで致命傷。あとは少しずつ斬り刻んだ。まともに戦いさえしなければ、あんな奴わけない〉


 となると、この骸の山は嘗ての縄張り争いの爪痕か。

 Cランククリーチャーが一匹居るだけな筈の階層に、なんでこんな大量の怪物が棲んでた上、死んでも砂に還ってないのかは分からんが。


で待ってるぞ。特にオマエ、オマエは必ず来い〉


 ゆらり、とボーパルバニーが姿を薄れさせながら、折れた骨刀で俺を指す。


〈オスの分際で、ニンゲンの分際でワタシを組み伏せたオマエを、絶対に許さない〉


 噛み締めた唇から、クリーチャー特有の少し質感の異なる血が伝う。


〈次は全力でオマエを叩き伏せて……ワタシと揃いのを刻んで、干涸びるまで犯してやるッッ!!〉


 その言葉を最後に、ボーパルバニーは跡形も残さず消え失せる。

 あとは戦場跡の血の臭いだけが、二十一階層の静寂へと染み込んで行った。





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