第102話 痛恨






 小規模な竜巻にも等しい突風が吹き荒れ、高熱が色を得たかの如き白煙が周囲を覆う。


 やがて風は止み、煙も晴れ、静けさを取り戻す血生臭い戦場跡。


 露わとなった破界ラグナロクの爪痕。

 ごっそりと綺麗な円柱状に抉り取られた、峡谷だった大孔を見下ろし、アウラがその場に崩れ落ちる。


「あ……ああ……」

「……ウゥゥルル……」


 先程までアウラを押さえていた周防は、二重の意味で何も言葉をかけられず、いつもピンと伸びた彼女の、しかし今は丸く縮こまった背中を見下ろす。

 二度こっぴどくフラれようとも懸想を抱き続けるほどの浅からぬ付き合いである。表面的な言葉や態度にこそ出さずともアウラがどれだけ自分の家族を、取り分け弟のことを愛しているかなど周防は十分以上に知っていたし、嘗て自分も父親同然に慕っていた前職の上官を目の前で亡くしたため、今の彼女の心境も痛いほど理解出来る。


 故にこそ何も言えない。安っぽい言葉などかけられない。

 だから深化トリガーによる変貌の特質で殆ど人語を話せなくなっていることを言い訳に、周防は口を閉ざした。


「なんで……なんでアンタがあんなウサギの道連れになるのよ……価値が、全然、釣り合わないじゃない……!」


 優に百メートル以上の地下まで続く、破壊不可能の白い芯材によって堰き止められた、未だ白煙の立ち込める穴底を見下ろすアウラ。


「どうして……どうして母さんの時みたいに、何も残さず居なくなっちゃうのよ……父さんになんて言えばいいのよ……私を、私を置いて逝かないでよ……!」


 ぼろぼろと涙を零し、声を押し殺して泣きじゃくる。


「シドウ……シドウッ……ッッ」

「──そうストレートに泣かれると、流石の天才も困るんだが」


 ふと横合いから聞こえた良く知る声に、アウラが弾かれたように顔を上げる。


 深化トリガー形態の金髪赤瞳三眼四角となったシドウが、なんとも言えないとばかりの表情で、バツが悪そうに頬を描いていた。






「攻撃寸前に俺だけ縮地で逃げたに決まってんだろ。何が悲しくてあんなエロ汚ねぇウサギと心中しなきゃならねぇんだ、俺はそこまで人生が嫌になったつもりは無いぞ」


 感情の堰が切れたアウラに抱き着かれ、背中を撫でて宥めつつ、肩をすくめるシドウ。


「うぅ、あうっ、ぐっ、ううあっ」

「あぁ? ボーパルバニーの首を噛んで下向いてたのに、なんで崖の上に跳べたのかって?」


 嗚咽でまともな発声になっていないアウラの言葉を正確に聞き取り、シドウは自らの額に現れた第三の目を指差した。


「この目の視界は三六〇度開けてる。肉眼で視認可能かつ肉声の届く範囲内ならどこにでも跳べる縮地とはバーガーセットとコーラくらい相性が良いってワケよ。しかもちょっとした壁や煙くらいは透視も出来る」

「それ初耳なんだけどシドウ君。まさか私のパーフェクトな裸体をしたりしてないでしょうね」


 ラーズグリーズを伴い空から降りて来たレアが、チベットスナギツネのような目をシドウヘと向け遣る。


「お前の裸なんぞ見たって一文の得にもなるかってんだ。まあエイハのは、少し見たが」

「もしもしポリスメン?」

「待てやめろ、警察に通報するな。あれは一種の不可抗力だしマジの全裸なら前にも……いや、ケータイなんか通じねぇのになんでダンジョンに持ち込んでるんだお前」

「女子高生の嗜みよ。それより何か余罪も抱えていそうね」


 現在の北海道セカイで広く使われている折り畳み式の簡易携帯電話を耳に当てるレアを反射的に止めた後、不要な心配と気付いて渋面となるシドウ。


 ──と。次いで眉間に皺を寄せ、ようやく白煙が薄れ始めた孔の底を見下ろした。


「チッ。キッチリ倒し切れる確証が無かったからこそ、この作戦はプランBに回してたが……やっぱり火力が足りなかったか」





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