第99話 露払い






 およそ二年前、苦節十ヶ月の道のりを経て特級探索者となった姉貴が一度だけ周防オッサンと共に二十一階層へと進出し、ボーパルバニー相手に敗走を喫した交戦記録。

 その姉貴自身が纏めた資料を読み込んだ俺は、深化トリガーによって引き出されるチカラは、特化部分を十全に活かせるシチュエーションであれば、概ねD+ランク──局地的にはCランククリーチャーに匹敵する性能を発揮可能なレベルだと位置付けた。


 四半刻で都市を壊滅させるような真性の怪物を相手に戦える、対抗出来る域のチカラ。

 だがしかし、あくまで、だ。どこまで行こうとCランクそのものに総合的に並べるだけのスペックは持たない。

 奴等の生物としての位階は、深化トリガーを使った人間よりも更に上なのだ。


 ──余裕という俯瞰視点で以て、一切の慢心無くボーパルバニーを見定め、嘗ての遭遇では推し量れなかった、今もまだ全く本気を出していない奴の、正確な力量を弾き出す。


「大体想定通りってか。天才過ぎて悪い予測も外れてくれやしねぇ」


 ボーパルバニーを十とするなら、姉貴は五。周防オッサンは四。俺とレアは七。当然ながら深化トリガー込みの数字だ。

 正面戦闘じゃ四人合わせても十中八九勝てやしない。いくら天才でも、いや天才だからこそ、事実は事実として受け止めるべきだ。


 ──だがしかし、俺が標榜する最強とは、力のみにあらず。


 心技体揃ってこその最強。力及ばぬなら手練手管で、それでもダメなら心構えで上を行けばいいだけのこと。

 伊達や酔狂で、恥ずかしげもなく『最も強い』なんて名乗れるものかよ。


「ウサギが。まずは吠え面かかせてやる」






「くっ……!」


 周防オッサンがヘカートを構えるも、姉貴の背中が陰になって魔弾を撃てない。

 意図しての、いや本能的なポジショニングか。


「まさしく野生の勘だな、獣め」


 この状況。まず打つべき手は峡谷上への移動。

 だがそれを実行するには、先に姉貴からボーパルバニーを引き剥がさなければ。


「レア」

「分かってるわ」


 ボーパルバニーは俺とレアがサードスキルを発現させていることを知らない。

 今まで二十一階層ここに登ってきた百人余りの中で深化トリガーを使えた者が姉貴と周防オッサンだけならば、当然の如く俺達も使えない側だと判断してる筈。

 ならば、こんな旨みの薄いタイミングで、みすみす手の内を明かしてやる理由も無い。


「来い、ラーズグリーズ」


 俺達全員が持つD+ランク召喚符カード七種七枚の中で、唯一この峡谷内でも召喚可能なサイズのラーズグリーズを喚ぶ。

 ノーライフキングもティターニアも、ピンポイントで居ないんだよな。エイハが同じタイミングでノワールを進化させに行ってなかったら、ワンチャン貸してもらえないか頼んでみたんだが。


〈指示を〉

「まだ使。側面からウサギを叩いて距離を取らせろ」

〈承知〉


 羽ばたきと共に宙へと舞うラーズグリーズ。

 なんとなく聞きそびれているため未だに杖なのか槍なのか微妙に分からん杖槍を構え、姉貴と片手で鍔迫り合うボーパルバニーの左側から刺突を放つ。


〈キャハハッ、いったぁい! ワタシの肌に傷を付けるなんて、良い爪楊枝!〉

〈ッ……数打ちの複製品とは言え、グングニルを素手で……!?〉


 ラーズグリーズの突きを防いだのは、ふらふらと手持ち無沙汰に揺れていた左手。


 五指を広げた掌に、ほんの数ミリだけ突き立って止まる一刺。

 Cという高ランクを有しながらも、人間と変わらぬスケール感。それゆえに体表を覆う護りである外套のは埒外で、飛翔の勢いを乗せた一撃すら全く意に介していない。

 寧ろあの場合、僅かにでも傷を与えたラーズグリーズと彼女の杖槍を褒めるべきか。


 何より──百点満点とまでは行かずとも、俺の指示は果たした。


「ふッ!」

〈おおうっ〉

「──こん、のぉぉッ!!」

〈わっふーん〉


 ラーズグリーズとタイミングを合わせて逆側から刺突、それも槍の柄に筒を通し管槍くだやりへと即席改造したことで突き出す速度と威力が増した攻め手を繰り出すレア。

 深化トリガー無しとあってダメージこそ与えられずとも巧みにバランスを崩させ、間髪容れず姉貴が渾身の力で骨刀を押し返し、面倒になったのか大きく後ろに跳ぶボーパルバニー。


「よし──深化トリガーッ!!」


 射線が空いた瞬間、周防オッサンもまたサードスキルの激鉄を落とす。


 衣服の下で変貌する肉体。

 基本的な骨格は人間のまま、しかし髪と同じ緑青色の毛並みを持つ二足歩行の狼、人狼へと移り変わって行く輪郭。


「グルルルルルルル……!!」


 声帯と口周りの構造が人間離れしたことで発語が難儀となったのか、唸り声を上げて軽々とライフルを構える周防オッサン

 十キロ近いモデルガンの銃口を一切ブレさせず、ボーパルバニーの右目を撃った。


〈きゃうんっ!? あーん、おめめめにゴミがっ。あれ、今『め』多かった?〉


 レーザービームの如し軌跡を描いた魔弾が直撃したにも拘らず、出血すら皆無。

 だが奴自身の言葉通り、目にゴミが入った程度の痛痒は与えられたらしく、ぐしぐしと瞼を擦って動きを止めるボーパルバニー。


「今だ。全員登りきったら、一斉にガーディアンを」


 身体能力も飛躍的に引き上げられた深化トリガー状態なら、姉貴達でも高さ数十メートルの峡谷くらい自力で登れる。

 故に俺はひと足先に縮地で崖の上に立ち、各自が同じ目線の高さまで到着するのを待ちながら召喚符カードを取り出す。


「まさか、お前を使うことになるとはな。縁ってのは分からねぇもんだ」


 黒鱗の毒竜『ファフニール』。探索者登録を済ませた日、俺がモノリスから引き当てた召喚符カード


 コイツが出揃ったことで代理政府は、オヤジは今回の計画実施に踏み切れた。

 そのお陰で、俺とレアが情報不足のため割と大雑把に組んでいた二十一階層以降の攻略プランも多少は煮詰まり、大幅なスケジュール的余裕が生まれた。


「ハッ」


 ガラにもなく感慨など覚えていると、岸壁の上に四人全員が揃い踏む。

 そして、ほぼ四人同時。一斉に召喚符カードを掲げた。


「召喚──『ファフニール』!」

「来なさい──『八咫烏やたがらす』!」

「力を貸して──『麒麟きりん』!」

「ガゥ、フッ、ルゥ──『イフリート』ォ!」





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