第91話 鼠駆除
「申し訳ありませんが貴方に選択権は無いんですよぉ、雑賀代表」
自身の仕事場である代表執務室にて書類仕事を進めていたガトウの元を訪れ──否、押し掛けた一団。
ファーストスキル発動媒体用のモデルガンではない実銃を持った配下数人と、その首魁である身なりの良い壮年男性。
代理政府内で権力を有する議員の一人が、ガトウへと五つの銃口を向けさせていた。
「貴方はただ粛々と辞任書類にサインし、後任として私を指名して頂ければいいのです。そうすれば死なずに済むのですから」
「次期代表など私の一存で決められるものではない。そんなことも分からんほど間抜けじゃないだろう
ガトウ に如月と呼ばれた議員は、その言葉を聞いて呵呵と笑った。
「貴方こそ御自分の価値くらい理解しておられるでしょう? 合議で決を採ろうとも、優に八割の議員は初めから貴方に従う! 例え紙面であっても貴方の言葉なら、私が実権を握るには十分な効力を持つ!」
「子飼いの探索者が愚息に手も足も出ず、わざわざ呼び集めた他の議員達の前で恥をかかされたくらいで、随分と短絡的な手段に打って出たものだ」
「だァ、黙れェッ!!」
薄ら笑いを崩し、鬼の形相でデスクを殴り付ける如月。
修理に高くつきそうだ、とガトウは内心溜息を吐いた。
「こっちはずっと、お前を殺したくてウズウズしてたんだよッ! だがあの小娘が居る限り、迂闊に手も出せなかった!」
怒鳴り声を上げることで少しずつ感情が凪ぎ、引き攣ってはいるものの取り戻される笑み。
息こそ上がったままだが、再び配下達の後ろに戻った如月は、椅子に座るガトウを努めて見下した。
「ふーっ、ふーっ……いつも近くをうろついてるバケモノが、今日に限って席を外してるとは災難だったなぁ? お前を殺した後は死体を隠し、山奥で人質に取っているとでも脅せば、あの雑賀アウラも私の手駒だ。お前がずっと独り占めしていた王様の椅子が、とうとう手に入る!」
「牢獄の玉座など、三文の得にもなるまい」
「だからこそ良いんじゃねぇかよォッ! 外から干渉されねぇ、国際情勢だの国民感情だのくだらねぇもん全部投げ捨てて好き放題出来る! 今の
満願成就を確信してか、すっかり表向きの化けの皮を剥ぎ、思うまま振る舞う如月。
「テメェだって散々美味い汁すすってきたんだろぉ? ダメですよぉ、可愛い部下にもちゃーんとお裾分けしなくちゃあ。アンタの時代はもう終わりだ、今日から俺が──」
「貴様は三つ勘違いをしている」
撃ち殺される寸前にも拘らず、ガトウの言葉も態度も、まるで朝のコーヒーでも飲んでいる時のように落ち着いていた。近頃は胃を気遣って寝起きは白湯だが。
「一。トップだからと椅子に座ってふんぞり返っていられるほど、今の
一本指を立て、次に二本目を立てる。
「二。たった五人で私を殺せるなどと驕ったこと」
そして。三本目の指が立った。
「三。私は一体いつ──アウラが居ないなどと言った?」
「ッ、お前達、さっさとコイツを殺──」
如月の指示よりも先、施錠された扉に五本の太刀筋が奔る。
直後。軍用技術流用品のタクティカルブーツが、木片となった扉を蹴り飛ばす。
「災難は寧ろお前達だ。今日は娘だけでなく息子も居る。どちらも私のような鳶には勿体無い鷹だ」
ようやく椅子から立ち上がったガトウは、後ろの窓のブラインドの隙間から外を眺め、いつもと変わり映えしない景色に目を細めた。
「精々抵抗してみろ。もし三秒耐えたら、私の地位と権限の全てをくれてやる」
「もう終わったわよ、父さん」
「……そうか」
全員が一撃の下に意識を刈り取られ、足の踏み場が無くなった執務室。
ガトウが再び正面を向き直ると、下腹が膨れ上がった如月の恵体を、シドウが容易く片腕で持ち上げていた。
「殺すなよ。お前達を人殺しにさせる気は無い」
「誰が殺すかよ。つーか、なんでこんなの議員にしたんだ?」
「私に明確な反感を持っている人間が欲しかった。八年前ならいざ知らず、今の中枢がイエスマンばかりでは組織として立ち行かん。それなりに目端の利く男だったが……お前が試合でもう少し加減していれば、多少は面子も立ったろうに」
「俺のせいかよ。あれ以上の手心はいくら天才でも至難の業だぞ」
また新しく探さねばな。
そう思いつつガトウは、警備を呼ぶべく内線電話に手を伸ばした。
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