第90話 姉
「さっきは相手と何を話していたの? 少し揉めてたみたいだけど」
帰りの車内、行きと同じく後部座席で横並びとなった姉貴に問われる。
「主に女の好みについてだな。あの強面スキンヘッド、ヤマトナデシコ以外認めねぇなんて言いやがるから、そりゃ絶滅種通り越して幻想種だって突っ込んだら怒っちまって」
「そう。別に言いたくないならいいのよ、言わなくて」
おっと。流石に嘘が雑すぎたな。
姉貴だって三ツ星相当の天才に該当するワケだし、鈍臭だからとナメてちゃアレか。
「……シドウ」
「あぁ?」
なんだよ、今いいとこなんだが。
一瞬で何発も銃弾を斬り払うとは、流石レッドストーン先輩。
「私は貴方ほど頭が回るワケじゃないから、何もかもお見通しとは行かないけど」
こら返せ、俺の
代理政府の尽力で菓子とかは割と食えるようになったが、こういうクリエイティブ系の娯楽作品はどうしてもな。特に書籍類は崩界後の最初の冬を越すために相当数燃やされたし。
なんならその漫画も、旭川の家がオシャカになった時に焼失したものを、俺が記憶力を総動員し一から書き上げたコピー品だ。セリフとかコマ割りとか画風とか誤植とか一切合切を現物無しで完全再現させるのは、流石の天才も少しばかり骨が折れたぞ。
「でも貴方が高校に上がってしばらくしてから、レアちゃんと二人でコソコソ集まって何かやってたのくらいは知ってる」
果たしてどの集まりのことを言ってるんだ。レアと交流を持つようになって以降、暇だったし色々やってたからな。
目隠し大局将棋とか、全創作物最強キャラクター論争とか、赤い壁と白い塔についての考察やら思考実験とか。
特に二番目は泥沼だった。やはりアイツとは気が合わん。なんなら今でも解答出てないし。まさかこの天才にも答えられない問題が世の中にあったとは。
「シドウが話そうとしないことを、無理に聞き出そうとはしないわ。貴方が話さないってことは、タイミングの問題か、そもそも話すべきではないと確信してるってことだもの」
いつになく神妙な様子で、懇々と言葉を紡ぐ姉貴。
「だから、せめて姉として、これだけは言わせてちょうだい」
あんまり真面目な表情だったもので、俺も少しだけ佇まいを整え、続く言葉を待った。
「──デキちゃったんなら早めに打ち明けなさいね。ほら、レアちゃんって結構そういうの緩そうだし……なんでいつもあんな短いスカート履いてるのかしら、夏も冬も……」
「ピンクなのは髪だけにしたらどうだ」
あと、その点に関しては俺も不思議に思ってる。何せ校則違反な黒セーラーの時だけならまだしも、ダンジョン内ですらミニスカだし。
たぶん宗教上の理由だ。若い女性信者は全員あの格好で統一されてるんだろう。
いやどんな宗教だよ。
「あ」
今度また馬鹿なことを言い始めたら姉貴の星を減らすことを決意した直後、俺の頭の中に、先程何かがつっかえて出て来なかった思考がストンと落ちてきた。
「姉貴。一大事だ」
「ホントに間違いを犯してたの!?」
んなワケあるか。マジで星減らすぞ。
じゃなくて。
「──俺達はこのままじゃ、まともな状態で二十一階層に進出できない」
「…………なんですって?」
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