第89話 タイムリミット






「時に、お前は考えたことがあるか?」


 立ち上がり、義手の埃を払い、着け直す。


「ダンジョンを徘徊するクリーチャー、それに対抗するガーディアン、あらゆる物質へと変化する純粋な熱量の塊であるコイン、明らかに人間の生体エネルギーだけじゃ賄い切れない出力を有する各種スキル……こいつらは一体どこから生まれて、どうやってチカラを発揮して、どうやって維持されてるのかって」


 スキンヘッドは何も言わない。

 きっと考えたことなど無く、ただ漫然と、そういうものだと受け容れたのだろう。

 それはそれで別に良い。深く考え過ぎないことも人生を楽しむには重要だ。


「白い塔は頂上で赤い壁と繋がってる。つまり塔は壁からエネルギーを吸い上げて、そこから色んなモンを作ってやがるのさ」

「……?」


 レアと二人で思考実験を繰り返した結果、それしかあり得ないという結論に至った。


 そして、この話は──オヤジや姉貴にも教えていない。

 伝えたところで、いたずらに心労を重ねさせるだけだからな。


「今や人類おれたちの存続に必要不可欠となった白い塔を動かす電源は、皮肉にも俺達を閉じ込めている赤い壁。で、当たり前だがエネルギーってのは無限じゃない」


 天井を指差す。

 延いては、遥か空から覆い被さり、地を閉ざした天蓋である壁を。


「赤い壁から降り注ぐ光量は、八年前よりも衰えてる。確実にな」

「なっ……!?」


 これが果たして、何を意味するのか。


「壁がコインのように単なるエネルギーの塊なら、それが尽きれば消え失せるだろう」


 だがしかし。


「魔剣や魔槍のように、クリーチャーやガーディアン達の外套のように、何かを媒体としてエネルギーが纏われているのなら、熱量が尽きても壁自体は残る」


 つまり俺達は依然と閉じ込められ続けるばかりか、生活の根幹となっている白い塔から与えられる全てを、延いては失うことになる。


 ──俺とレアの考えでは、壁は後者だ。

 更に、あれだけの膨大なエネルギーを纏っても自壊しない媒体となれば、材質の心当たりは、ただひとつ。


 塔を形作っているのと同じ、の白い芯材だ。


「その時は、俺達が何もかもを失う瞬間は一体いつ訪れる? 数十年後か? 数時間後か?」


 それについても、レアと試算を繰り返した。


 壁の光量が目に見えて落ち始めたのは、およそ一年前からの話。

 時を重ねるほど減衰速度は増しつつあり、常に正午のような明るさを保てるのも恐らく残り数ヶ月。


 高二でこの事実に勘付いた時は、未来予想図を描いた時は、流石に夜しか眠れなかった。

 まあ、今の北海道セカイには昼も夜も無いんだが。


。俺が十九歳の誕生日を迎えた翌日、崩界からきっかり九年……ああいや、この前再計測したら十日ばかり予定日が早まってたな……ともあれ九年で壁のエネルギーは尽き、北海道セカイは真なる闇へと堕ちる。向こう半年も経てば誰もが消灯の兆しに気付き始め、代理政府が築いた秩序も水泡と帰す。試される大地は再び黎明期の混迷に逆戻りだ」


 目を見開き、わなわなと口を動かすスキンヘッド。


「嘘偽りと思うなら、それでいい。戯言と笑い、風呂に入る頃には忘れてしまえ。人に話すのも勧めない。俺のような天才や、オヤジのような地位と立場がある人間の言葉であれば兎も角、他の奴なら現段階で声高に叫ぼうとも正気を疑われるだけだ。実際、似たようなことを根拠も無く偶発的に言い当てていたカルト集団は全く相手にされていないしな。うん、寧ろ忘れるよう努めるべきか」


 きっとその方が幸せだから。

 故に俺も、オヤジと姉貴には、ギリギリまでこのことを教える気は無い。


「だが、さっきも言った通り、白い塔の頂点は赤い壁と繋がっている。もしかしたら貫いてるかもしれない」


 ならば塔を登ることこそが、この牢獄から抜け出す唯一の手がかり。


「ダンジョンは全三十階層。Cランクガーディアンからの確かな情報だ」


 重ねて、一階のエレベーターも全部で六基。

 二階層行きを除けば五つの、二十五階層までのショートカットが存在すると考えれば、説得力のある数字。


「俺とレア……天才オブ天才である俺に唯一比肩する女は、こう考えてる」


 ひとつ、指を鳴らす。


「──三十階層てっぺん到達報酬ごほうびこそが、このセカイからの脱出だと」


 だからこそ俺は、俺達は塔を登る。


 まあ、その間にも色々小さな楽しみを見付け、日々を満喫するつもりだが。

 天才は焦らない。ゆとりも余裕も無い奴には、使命感に追い立てられるだけの切羽詰まった人間には、何ひとつ成し遂げられない。


「そういうワケで、折角時短になるプランをオヤジが用意したんだ。時間が空けば余暇を楽しめるし、乗らない手は無い。俺には理解こそ出来んが、お前の功名心はお前にとって重要な事柄なんだろう。しかし生憎と譲ってやれないんだ、これが」


 踵を返す。頸を絞めずとも、もう勝敗は誰の目にも明らかだし。

 さっさと帰って、買い置きのアイスを食べやあよう。


 …………。

 ところで二十一階層以降への進出計画を実行するに際し、何か物凄く重大な問題がひとつ残ってる気がするんだが、あと少しってとこで喉から出て来ない。

 天才にだってこういう時はある。あー気持ち悪──


「ま、待て! 待てよっ……!!」


 なんじゃらほい、と振り返る。


「……今の、お前の話が……全部、全部本当だったなら……なんでそんな、平然としていられるんだよ……!?」


 なんでって、別に今日明日の話じゃないし。


「お前達が、特級が攻略に失敗したら、終わりなんだろ!? この北海道セカイの全員が、三百万人が死ぬんだろ!?」

「ああ」


 死ぬよ。確実に。

 光を失くした世界で、人間は生きられない。


「背負えるのかよ! お前達に! お前に! 三百万の命を!!」

「当たり前だろ」


 何故なら。


「俺は天才で、最強の、ナイスガイだからな」





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