第88話 試合
前もって姉貴が対人戦のプロと言ってた通り、スキンヘッドの男は複数の格闘技を修めている奴の動きだった。
「おぉおおっ!!」
護りに長けたファーストスキルを持ちながらも気質は見た目通り攻撃的らしく、初っ端から豪力を発動させてのインファイトを仕掛けて来た。
「ぜぁあっ!!」
スキルの練度は悪くない。豪力のリソースを一点集中させる力動も使えてる。
格闘に関しても手技足技共に豊富で、繋ぎや呼吸時の隙も少なく、的確にフェイントや人体急所狙いの本命を織り交ぜ、人間相手に致命打を与えることにも躊躇無い。
「はぁあッッ!!」
総評。
稚児にしては、まあまあ。
「なん、で……なんで一発も当たらねぇ!?」
「天才だからな」
試合とやらが始まって、早五分近く。
汗だくになりつつ切れ間なく猛攻を続けていたスキンヘッドだが、とうとう動きが止まった。
「ぐっ……」
併せて豪力の時間切れ。力動は通常発動よりも消耗が激しい。ロスを無くすなら、やっぱり力流動を習得しないと。
レア以外で使える奴とか見たことないけどさ。
「せい」
「ごぼっ……!?」
集中が途切れて魔甲が揺らいだため、その間隙を突いて左腕で顔面パンチ。
いい感じに痛点を押し、仰向けにひっくり返らせる。
やっぱ──プロやな──俺──。
「っ……て、めぇ……左は、義手じゃ……!?」
「義手ですが、なにか?」
二の腕のジョイント部を外し、重い音を立てて落ちるハリボテの左腕。
遠心力で振り回すように叩き付けただけだ。
「ふ、ふぐ、ふぅっ……!!」
「やめとけやめとけ。鼻は折っちゃいないが、十五分は血が止まらん。息苦しくって、クラクラするだろ?」
あとは〆に頸動脈をキュッとすれば、気持ち良く夢の世界。
ところで。
「……なあ。ひとつ聞きたいんだが、お前なんで二十一階層に行こうとしてるんだ?」
ふと気になって、スキンヘッドの前でしゃがみ込み、そう尋ねてみる。
苦し紛れのパンチが飛んできたから掴み取って指を締めてやったら、苦しげに呻いたので離してやる。
「お前の格闘技術はランクが上がる度に平均的な質量が跳ね上がる馬鹿でかいクリーチャー達には何の意味も無い。その技自体、サードスキルどころかファーストもセカンドも使ってない俺に封殺される程度だ。まあ、そこら辺については俺が天才過ぎるだけで、お前が弱いワケじゃないんだが」
稚児にじゃれつかれたところで、大人は容易く振り払える。相手にもならない。
それが稚児にとっての、個としての限界。これ以上を欲したところで、望みは薄い。
「身の程が分からんワケじゃないだろ? お前の身体の傷跡はクリーチャーと戦って刻まれたと思しきものが大半だ。曲がりなりにも一級探索者として活動してきたなら、Cランクがどれだけ強いか想像くらい出来るだろ?」
闘技場のチャンプなら、賭博の金も賞金として懐に入ってる筈。
金目当てとは思えない。そも探索者は福利厚生がメインで、金はそこまでの仕事だし。
だったら、何故。
「答えてみろよ。返答如何では俺も対応を変えるかも知れない。天才は寛大なんだ」
スキンヘッドはしばらくの間、俺を睨み付けていたが……やがて観念したように、口を開いた。
「……闘技場のチャンピオンなんてケチなもんだ。表を歩いたって、周りからは避けられるだけ」
だろうな。
普通の奴等にとっては、関わりたくないアウトローだし。
「だが探索者は違う。同じように暴力を振るってるだけだってのに、特級の奴等は、まるでアイドル扱いだ」
そうかな。
姉貴は兎も角、
「俺は公に認められたいんだよ! 羨望を集めて、脚光を浴びて、スターになりたいんだよ! こんな薄汚れた倉庫の王様で終わるなんざ、まっぴらだ!」
あ、はいはいはい。成程、分かった。
一級くらいになると時々居る、功名心でダンジョンに登ってる奴等と同じ手合いか。
いやはや、全く。
「ズレてやがるな」
「な、に……!?」
金と生を得るため、つまり仕事として探索者をやってるなら分かる。すげー分かる。
稼ぐためという目的の範疇内で探索者稼業を楽しむのも分かる。好きを仕事にしたくない奴も居るが、どうせやるなら楽しんだ方が遥かに建設的だ。
──だがしかし、ただ功名心を前面に押し出し、金も身体も二の次でダンジョンを登ろうとする奴等の心理は、この天才を以てしても分からん。
何故なら、ズレてるから。
「名声ってのはゴールを目指す途中に落ちてるのを拾い集めて行くもんであって、決してゴールそのものじゃない。俺だって羨望も賞賛も大好きだが、そいつを目当てにはダンジョンに入ってねぇ」
「ッ……じゃあ、てめぇは……なんのために、探索者やってんだっ!!」
あんま興奮すると鼻血で酸欠になるぞ。
「俺が探索者をやる理由? あー、そっちには答えてもらったし俺も話すのがスジってもんだが、物事は得てして複合的だからな……」
小遣いが欲しいから。
ガーディアンがカッコいいから。
ちょっとしたスリルを味わいたいから。
レアに負けたくないから。あ、今の却下。
あとは──そう。
「つまらねぇからだよ」
この閉塞された有限な時間の中で、座して滅びを待つなど、死ぬほど退屈だからだ。
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