第87話 闘技場
「反対派議員は、貴方が隻腕だと知っているわ」
移動中の車内でノートパソコンのキーボードを叩いてた姉貴が、ふと告げる。
「と言うか私が人伝てで漏らしておいたの。今回の件で茶々が入るのは分かり切ってたし、向こうは付け入る隙と喜んだでしょうね」
「ふーん」
正直どうでもいい。天才は世俗のあれやこれやに関心が無いのだ。
政治云々の七面倒な駆け引きや腹芸なんざ、そっちで勝手にやってくれ。
「ところでシドウ。貴方チームにもう一人女性を入れたんですってね」
「あぁ? ああ」
姉貴はパソコンの画面を閉じると、じっとこっちを見つめた。
「正直二股はどうかと思うわよ。レアちゃんとどっちが本命なの?」
「下衆の勘繰りって言葉知ってるか鈍臭」
女って生き物はすぐ恋愛方面に話を持って行きやがる。
もし付き合うならエイハ一択だけども。レアは無理。
札幌郊外の巨大な廃倉庫。
元は誰でも知ってる一大企業の持ち物だったが、今や捨て置かれた場所……と言うのが表向き。
「噂には聞いたことがあるな。探索者同士を戦わせる
「例の議員が買い取って小遣い稼ぎに主催してるの。色んな人達のガス抜きになってるのも確かだったから、父さんも目を瞑ってたけどね」
娯楽の幅が一気に狭まったからな。こういう遊びの需要が出るのも無理からぬことだ。
「貴方の相手はここのチャンピオンでもあるわ。つまり対人戦、しかもスロット持ちを相手に戦うプロフェッショナル」
「成程」
サードスキル発現者に手向ける刺客としては最上級ってワケか。
反対派議員とやらも、まんざらバカではないらしい。
まあ、そんな話を聞かされたところで、何が変わるでもないんだが。
倉庫の中は可能な限り物品を取り払われた、だだっ広い空間だった。
まあ当然か。スロット持ちが操るファーストスキルは、クリーチャーの外套同様、物質の強度を無視して破壊する性質を備える。
同じ厚さの鉄板と発泡スチロールを、どちらも豆腐のように切断出来るし貫ける。現に床のタイルは幾度も張り替えられた形跡があった。
「じゃあ私は、あっちに行ってるから」
そう言って姉貴が指差したのは、壁面の天井近くに備わった大きな窓。
元は事務所か機械を操作するためのスペースだったのだろう。それが今はVIP用の観覧席ってワケだ。
よく見るとオヤジ含め、身なりの整ったエラそうな奴が何人も居た。
あの中の一人が対戦相手の雇い主か。多分右から二番目のビール腹だな、顔つきが嫌らしい。
「いい? あんまり怪我させるんじゃないわよ。十六階層以降に行ける一級探索者なら、やろうと思えば一日に何度も往復して大量にコインを稼げるんだから」
「誰にもの言ってやがる。そういうの釈迦に説法ってんだぞ」
しっしっと姉貴を追い払い、ひとつだけ点いたライトで照らされた中央付近まで行く。
すると残りの照明も一気に点灯され、明るくなった。
「──お前が今日の獲物か。修羅場を知らねぇ、ぬるい顔だ」
俺達が倉庫に入った時には既に中央のライト下に居たスキンヘッドの男が、いきなりチクチク言葉を向けてきた。
なんで上半身裸なんだコイツ。ついでに全身傷跡だらけだし。
エイハの場合はそれもセクシャルだったが、男の半裸なんて見たところで何も嬉しくない。
「俺は四年前の旭川に居た。六十秒の惨劇で起こった地獄を生き延びた。そこらの奴とは鍛え方が違う」
中岡家の三男みたいなこと言うじゃん。
旭川なら俺も居たけど。
「お前のような奴が特級だと? どんなペテンを使ったか知らねぇが、随分と運が良かったらしい」
そりゃ勿論運には、てか運にも自信あるよ俺。馬券の的中予想とか外したこと無いし。
天才は幸運の女神にも愛される。ナイスガイってのは色々と贔屓されるもんだ。
「ここはガーディアンの後ろに隠れていればいいダンジョンとは違う。化けの皮を剥がしてやるよ」
そう言って男は全身に金色のオーラを纏い、鎧へと変化させた。
成程、魔甲か。高密度で吸着させたエネルギーの性質上、クリーチャーの外套を貫くには少々不向きだが、人体相手ならそれも関係無い。
セカンドスキルも多数派同様に豪力だろうし、対人戦なら最適な
ただし鎧のデザインは微妙。個人によって相当変わるのな。
「サードスキルでもなんでも使って来い。お前の全てを破壊してやる」
何言ってんだコイツ。
俺はオヤジと姉貴に怪我をさせるなって言い含められてるんだぞ。
そもそも、モデルガンすら持って来てねぇ。
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