第86話 異議






「人員についての異議申し立てだぁ?」


 オヤジの口から告げられた問題とやらを聞いた俺は、思わず怪訝な声を上げる。


「そうだ。特級探索者一人につき一枚Cランク召喚符カードを貸与し、二十一階層以降を合同で攻略。これが私とアウラが描いた青写真だ」


 Bランク召喚符カードという禁じ手を除けば、概ね理想的な作戦。

 エレベーターの重量制限などについても鑑みれば、他の選択肢など無い筈だが。


 そんな感じに天才が頭を悩ませていると、オヤジがデスクに数枚の書類を並べた。


「『特別一級探索者』。サードスキルこそ発現させていないが二十階層への到達自体は達成している一級探索者達に新たな等級としてこれを与え、その中からも選定を行うべきという声が複数上がった。実際の発言者は一人で、他は単なる取り巻きだがな」

「なんだそりゃ」


 深化トリガーを発現させた姉貴と周防オッサンの二人がかりですらCランククリーチャーには力及ばず撤退を選ぶしかなかったと言うのに、今更名前だけ変えた半端な稚児達を最前線へと送り出すことに何の意味が──ああ、いや、か。


「戦力的な問題ではなく、政治的な問題ということでいいのかしら」

「その通りよレアちゃん」


 頷く姉貴の気だるそうな様子を尻目、オヤジが説明を続ける。


「先日出揃ったばかりの特級探索者四人。その全てが私の関係者かそれに近しい存在であることを快く思わない者が議員の中に居る」


 俺と姉貴は言わずもがな。

 周防オッサンも元々は亡くなったオジキ、つまりオヤジの弟の部下だったし、孤児院育ちの周防オッサンはオジキを実の父親のように慕ってた。今でも月命日には欠かさず墓参りに通ってるほどだ。

 唯一レアだけは在野の探索者だが……俺とチームを組んでりゃ、対外的にはオヤジの息が掛かってると思われて当然だろう。


「既に一部では、特級四人は私の子飼い──雑賀衆さいかしゅうなどと呼ぶ声まで聞こえて来る。前人未到である二十一階層以降の攻略に於けるを、私に総取りされたくはないのだろう」

「そいつぁまた、ズレてやがるな」


 オヤジは書類をデスクの端へと雑に避けながら、指先で眉間を揉んだ。


「……崩界から既に八年……道知事時代も合わせれば十年余りか。私は長くトップに立ちすぎた」


 定期的に頭をすげ変えなければ、組織として健全とは言えない。

 それがオヤジの持論だ。


「崩界直後の混迷を押し留めるためには、統治する側が形だけでも一枚岩でなければならなかった。故に私は警察や自衛隊など主要な組織を統合し、代理政府を立ち上げた」


 その判断は絶対に間違いではなかった。この天才が全面的に保証する。

 もしオヤジが真っ先に動いてなければ、北海道セカイは良くて世紀末、悪くすれば早々と全滅していたに違いない。

 俺の好きな漢を磨く少年漫画も、レアの好物であるパフェも、何もかも瓦礫の下に埋もれてしまっただろう。


「黎明期、過渡期の六年間を経て、北海道セカイは少しだけ落ち着きを取り戻した。しかしそうなると、代理政府の持つ権力は大き過ぎる」


 本当なら、そろそろ陣を払うべきなのだ、とオヤジは言った。


「だが、まだ解散は出来ない。誰かに跡目を継がせようにも、それに足る人材はアウラしか居ない。能力は伴っていようと若過ぎる上、身内にバトンを渡したところで大した意味は無い」


 オヤジの苦労と若作りは、未だ当分続くらしい。

 ま、アンタは忙しく働いてる方が性に合ってるんだ。荷物を下ろしたら一気に老け込むタイプだから、もうしばらくはバタバタやっててくれ。






「異議申し立てとは言っても、今のところ反対意見側から推薦してきた追加人員は一人だけだ」


 脇に避けた資料を再び手に取り、ひらひらと揺らすオヤジ。


「議員達も保身にかけては一級品。それに多くの者はCランクガーディアンを間近で目にする機会があった上、四年前の爪痕も未だ色濃い。サードスキルを発現させた者達でなければ二十一階層以降で太刀打ち出来ないことなど、本心では理解している」


 それでも一人くらいなら子飼いを混ぜ込む余地があるとか考えてる時点で、だいぶ見通しが甘いと思うけどな。

 天才に老害の考えは分からん。既得権益がそんなに大事か。大事なんだろうな。


「アウラと源治君については内定済みだ。互いに名声も実績もある」

「当然じゃない。早いところ、このなまった身体に喝を入れ直さないと」


 スーツ姿で窮屈そうに伸びをする姉貴。

 次いでオヤジは、レアの方を見た。


「霧伊女史についても目立った反論は出ていない。元々、一番私との関わりも薄い出自だからな」

「そうね。私の実家、ただの八百屋だもの」

「あれ? 花屋じゃなかったっけか?」

「それは隣」


 そうだった、か?

 でもまあ正直、どれも似たようなもんだろう。職業に貴賤無しだ。


「矢面に上がっているのは主にお前だ、シドウ。協会に登録を行ってから未だ一ヶ月程度、経験不足ゆえの時期尚早という名目でな」

「ハッ。似たような条件のレアに何も言わねぇあたり、魂胆が透けて見えるな。可愛い稚児どもめ」


 で。


「俺に何をして欲しいんだ? この件のためにわざわざ呼び付けたんだろう?」

「ああ。半分は将来の義娘候補の顔を見ておきたかったというところもあるんだが……」


 後半モニョモニョ言いつつ、親父から資料を手渡される。

 紙面には二十代半ばほどの男の写真と、大まかなプロフィールが書き記されていた。


「明後日、その反対派議員の推薦者とをして貰う。ただし、曲がりなりにも貴重な一級探索者の更に上澄みだ。怪我をさせて活動が滞らん程度に転ばせてやれ」

「了解。お安い御用だ」





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