第80話 サードスキル






 十九階層に降りると、けたたましいが周囲一帯を劈いていた。


「ぐっ……まだあの巣に生き残りが居たのか」

「うるさっ」


 恐らく俺達がエレベーターに乗って二十階層へと発ってからのタイミングで戻り、もぬけの殻となった巣で仲間の死を嗅ぎつけたのだろう。

 そして成程。こんなサイレンみたいな大声で何日も叫ばれ続けたら、そりゃあ先に進む気概など根っこから折れる。

 ついでにこの大氷窟、とんでもなく音が響くし。


「鬱陶しい……が、丁度いい。試運転前の暖気くらいにはなるだろ」

「そうね」


 エレベーターの前に、レアと二人で並び立つ。


「ねえ。どっちが先に倒すか勝負しない?」

「ハッ。さっき負けたばかりだってのにそんな提案をするとは、よっぽど土の味が気に入ったらしいな」


 二人同時に、右手を翳す。


「軽いデモンストレーションだ。ファーストスキルとセカンドスキルは無しで行こうか」

「構わないわ。どうせ私が勝つもの」


 つい先程、頭の中に作られた撃鉄を──落とす。


「「──『深化トリガー』」」


 両の瞳に映し出されるセカイの色が、反転した。






 四種四枚のうち、協会が最初に確保したCランク召喚符カード麒麟キリン』。

 毛蟲、即ち哺乳類三百六十種の頂点に君臨し、羽虫や雑草に至るまでのあらゆる生命を尊び、食事は枯れ草しか口に含まないほど仁徳の高い幻獣。


 排出以降、麒麟によって協会へと齎された様々な有力情報。

 その中には、二十階層の到達報酬ごほうび及び、それを獲得するための条件についても含まれていた。


 十六階層から二十階層までを召喚符カード未所持、かつセカンドスキルまでしか発現させていない者のみで踏破する。

 初めて条件を耳にした総員が揃って言葉を失う中、それを満たすことで与えられるチカラ──サードスキルについても語られた。


 サードスキルは一種類のみ存在し、名を『深化トリガー』という。

 発現者の生物としての位階を一段階押し上げ、あらゆる能力をで劇的に向上させる、過酷な試練相応の、或いはそれ以上とすら呼べる報酬。


 また、深化トリガーを発動させた者はその最中、各々の適性に合わせて特化した形態を得る。

 噛み砕いて言うなら、より己の長所を活かせる姿形へと変貌するのだ。


 例えば姉貴は頭に一対の角、背中に強靭な甲殻で覆われた尾を生やし、皮膚も外骨格のように硬くなり、膂力に特化する。

 周防オッサンの場合は二足歩行の狼、まさしく人狼の如し姿を得、各種身体能力が満遍なく跳ね上がる他、感覚能力に特化する。


 …………。

 そして。およそ二年ぶりとなる、新たなサードスキル発現者である俺とレアは。






「なんだァ、こりゃ……」


 鏡のような氷壁に近付き、作り変わった己の身を上から下まで見据える。


 ──腰へと届く長さまで伸び、黄金のように輝く髪。

 ── 赤く染まった瞳。全歯が鋭利な牙と化した歯列。

 ──額の中心を縦に割り、その裂け目から現れた第三の目。

 ──頭には左右二本ずつ、計四本の角。鋭く細長く、姉貴とはだいぶ形状が違う。


「なに、これ……」


 第三の目の影響か、三百六十度、真後ろまでハッキリ見えるほど視界が広がっている。

 俺とは反対側の氷壁で唖然と己を見遣るレアもまた、先程までとは全く別の姿だった。


 ──艶が増しすぎて色を失い、真っ白に光を照り返す髪。

 ──その頭上に浮かぶ、オリーブ冠を思わせる金色の光輪ヘイロウ

 ──後ろ腰から広がる、半身を覆うほど大きな、片方だけの黒い翼。

 ──防寒着を脱ぎ捨て、露わとなった肌に浮かぶ、炎のように赤く揺らめく模様タトゥー


「…………」

「…………」


 お互い、氷壁に映る自分の姿からまんじりとも目を離せず、暫し過ぎ去る沈黙。

 けたたましいバンシィの泣き声すら頭に入らなくなり、やがて示し合わせたかの如きタイミングで、俺達は口を開いた。


「超カッコいい……誰だ、この大魔王級のナイスガイ……あ、俺だった」

「なんて美しいの……誰よ、この地上に舞い降りた天使……あ、私だったわ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る