第77話 バンシィ






 バンシィとは北欧に伝わる妖精の一種で、死期が近い人間の元に現れては泣きじゃくることでそれを教えると言う。


 だがしかし、このダンジョンに於いてクリーチャーとして現れる、即ち人間に敵対する側の存在である彼奴等の場合は違う。


 なお泣き声で殺すと言っても、別に呪いとかそういう話じゃない。単純に文字通り、ガラスどころか鉄筋コンクリートも吹っ飛ぶような衝撃波を伴う、人が死ぬほど馬鹿でかい声で泣くのだ。寧ろそっちの方がよっぽど厄介だわ。


 とどのつまりは発声によって繰り出されるソニックブーム。全方位およそ半径数十メートルが物理的な必殺圏内。ただし騒音公害としてなら、更にその数十倍の射程距離。

 しかも一度泣き始めると三日三晩は号泣が続き、然る後の歯医者のドリルじみた高音で垂れ流されるすすり泣きが収まるまでには、一週間近くかかるとか。


 ついでにを嗅ぎつけると一気に涙もろくなるらしく、そうなったら余計に止まらず、場合によっては十日近く爆音の嵐。


 姉貴と周防オッサンが二度目の挑戦を断念したのは、迂回ルートで他クリーチャーとの戦闘中、突発遭遇したバンシィを泣かせ、寝ても覚めても頭蓋に響き渡る泣き声で三半規管すら狂いかけ、とても先に進める状況ではなくなったからだそうだ。

 たかが音だと馬鹿には出来ない。聴覚、つまり耳は脳と直結した器官。害獣駆除に超音波が使われることも多い。音ってのは十二分に生物を殲滅可能な兵器であり災害なのだ。






「七匹居るわね」


 上下エレベーターを繋ぐ最短ルートに居を構えた、厄介さと傍迷惑さでは一階層下のミズチと評価を二分される化生。


 レアの言う通り、表で茶会を楽しんでるのが四匹。手前側の家の中に一匹。奥側の家の屋根に座ってるのが一匹。氷細工の花壇を手入れしてるのが一匹。

 滅多に探索者が訪れない階層だからか、すっかり棲みついてやがる。姉貴曰く、他種のクリーチャー達もバンシィとは関わり合いになりたくない態度があからさまで、襲いかかるどころか近付こうともしないとか。


「シドウ君どうする気。あの外套が相手だと、流石の天才儚げ美少女探索者のレアちゃんも一瞬で全滅とは行かないわよ」

「泣かれたら終いだ。絶えず衝撃波が奴等を囲んで、サードスキル無しじゃ外套を貫ける威力を保ったまま攻撃を届かせられん。そもそも俺の弾は一メートル離れただけで当たらねぇしな」


 縮地の連続使用で強引に突破することも不可能ではないが、確実に捕捉はされる。つーか今の段階でギリギリの間合いだ。

 レアの投擲もバンシィ相手じゃ一投につき倒せるのは二匹ってとこだろう。二投目を用意する間にギャン泣きされるのがオチである。


 しかも、家の数とバンシィの数が明らかに合ってない。少なくもあと三匹か四匹、多ければ六匹七匹、この空間で暮らしている筈。

 もし一匹でも仕留め損ねて泣き始めたら、今この場に居ない仲間まで集まって余計面倒な状況になりかねない。


「んー」


 外套の出力を見た感じ、俺がアレを貫いて一匹仕留めるのに必要な弾数は、付与で炎属性が加わってる分の強化を考えて四発。

 で、バンシィが泣くモーションに入ってから声を上げ始めるまで、概ね五秒。こいつ等と遭遇した探索者は姉貴達含めても少数だが、その割には資料が充実していた。煮え湯を飲まされた腹いせに、可能な限り調査を重ねた模様。


「五秒か……レアの投擲で二匹仕留めるとして残り五匹……二十発。まあいけるが……」


 問題は奴等の配置だ。ちょっとバラけてる。

 連続の縮地でゼロ距離まで移動し、撃ち殺し、次……とチンタラやってたら百パー間に合わん。発動直後のコンマ二秒の硬直が痛い。でも人間の肉体構造や反応速度を考えると、現段階じゃこれ以上縮められねぇんだよな。


 どうにか、もう少し固めさせる必要がある。せめて茶会中の四匹が同時に撃てるだけ寄せ集まってくれれば、あと一匹くらいなら縮地の硬直込みでも仕留められる。


 …………。

 よし。妙案を思い付いたぞ。


「レア。俺が最初の一匹を撃ち殺したら、屋根と花壇の奴をやってくれ。残りは任せろ」

「何するの?」


 出来るのか、などと時間の無駄でしかない質問はせず、単純に方法が気になるとばかりに問うてきたレア。

 俺は鉛色の髪をかき上げ、答えた。


「天才かつ最強のナイスガイ、世紀の色男にのみ許された楽勝プランさ」


 ガーディアンで言うところのピクシーやシルフにも当て嵌まる、妖精って輩のを利用するんだよ。

 ま、見てな。





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