第76話 大氷窟
十九階層の大半を占める地形は、縦横百メートル近い幅の横穴が家電裏のケーブルのようにこんがらがった大氷窟。
今までと違い高低差が少なく、縮地や力流動によるショートカットで強引に突破出来る場所も限られる厄介な階層。
しかしながら、幸いエレベーター同士の直線距離が十キロ前後しか離れておらず、その軌跡に比較的近いルートも存在する。
けれども姉貴達はそのルートを非常に危険視し、丸二日がかりの迂回路を選択。その上で、二度目の挑戦をこの階層で断念している。
主な理由は、
最短ルートは奴等の生活圏と被っており、それ以外の場所でも突発的遭遇のリスクは常に付き纏うほど出現率が高い。
そして、いざエンカウントすれば──俺の知る情報を纏める限り、非常に面倒臭いと言わざるを得ない。
「ありがたいな。そろそろ指先の感覚が失せ始めてたところだ」
「あったかいしモフモフ……私ここに住む……」
昇ってきたエレベーターのすぐ近くに広がる、差し渡し一キロメートルはあろう空洞。
そこを優雅に飛んでいた朱雀を発見しため、連続縮地で背中に乗り、暫し暖を取る。
「デカ過ぎるのも考えものだな。人二人が背中に乗っても気付かんとは」
全長およそ二十数メートル、翼長は優に五十メートル以上。
Eランク平均値の概ね三倍、Dランクとしては割かし標準的なサイズ感。強いがゆえに巨大なのか、巨大だからこそ強いのか。
なんにせよ、こんな怪鳥が街中にでも現れたら大パニックだろう。しかも翼からレーザービームとかを鬼のように出すらしいし。
「……よし、温まった。そろそろ行くか」
「コイツはどうするの? 仕留めて行く?」
槍の穂先を足元の羽毛に突き付けるレア。
ルートの近くを飛ばれるのも面倒だし、そうしたいところではあるが。
「やめておくべきだな。迂闊に死体を出して奴等を刺激することになった方が厄介だ」
「そう」
幸い朱雀は俺達が目指そうとしている方角とは逆向きに飛んでいる。
運の良い奴め。しかし、なんだってこんな閉鎖空間に鳥型のクリーチャーが……?
風こそ吹いていないものの、底冷えするような寒さ。
燃え盛る魔槍の火に当たって騙し騙し温まりつつ、静かな氷窟内を歩き続ける。
──そこに到着したのは、二時間近くが経った頃。
十六階層から始まって、述べ九時間に亘る行程。道を間違えさえしなければ、あと一時間ほどで二十階層行きのエレベーターに到着するという折り返し手前。
「シドウ君」
「ああ」
先程の朱雀が飛んでいた空洞ほどではないものの、通常の通路よりは開けた空間。
「チッ。結構居やがるな」
その中のあちこちに数軒点在する、雪と氷で造られた家屋。
まるで箱庭に据えられた村か集落のような光景。
となれば当然、住民も暮らしている道理。
〈フフフフッ〉
〈アハハハハッ〉
〈くすくすくす……〉
家屋の外にテーブルを広げ、ティータイムを楽しんでいる幾つかの影。
薄暗くて視覚だけだと分かり辛いが、気配の量から察するに片手の指じゃ足りないくらいの数は居る。
目を凝らし、更に見据える。
──黒い衣服を身に纏った、Dランクの中では最も小柄だろう
けれども明らかに人間ではない、その証明である全身を覆う外套。
あの小さな質量で、他のDランクと比べても一切遜色無いエネルギー量。
実質的には、およそ数倍の硬さがあると考えて然るべき。
「あれが『バンシィ』か」
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