第73話 ミズチ






「出発からどれくらい経った?」

「四時間ちょっと」


 エレベーターの中で服に纏わりついた雪を払いながら、ひと息。

 まあまあのペースだ。往路十時間、復路五時間の予定だし。


「所有する召喚符カードの種類によっては、割とラクが出来そうな環境だよな」

「火を纏えるケルベロスとかね。連れて来たかったわ」


 と言うか、一級探索者が必ず所有するDランクなら九種のいずれであろうとも、この程度の冷気であれば外套の余波で遮断可能な筈。

 そもガーディアンありきで挑むべき環境なんだよ。クリーチャーの強さとか云々以前の話、クソ寒いってのが単純にツラ過ぎる。

 いくら俺が天才かつ最強であっても、人間である以上は限度ってものがだな……。


「……まあ、サードスキルを手に入れるまでの辛抱だ。アレさえ発現させれば、あとはどうにでもなる」

「そうね」






 内臓に響く音を立ててエレベーターの扉が開かれ、いざ十八階層。

 良かった、ここは吹雪いてない。しんしんと雪が降ってるって感じ。どっちにしろ勘弁。


「前もって言った通り、この階層は判明してる限りの大半がだ。氷は厚いから人間が走り回る程度で割れることは無いと思うが──」


 説明の途中、足元で響く亀裂音。

 早速かよと内心で悪態を吐きつつ、レア共々に縮地で安全圏へと離れる。


「──そういうことだ。コイツが居るから気を付けましょうってな」


 水面から顔を出した一部だけでも、優に二十メートル近い長大な胴。

 その形態は蛇のようだが、頭部を飾り立てるヒレや、エラらしき器官などがあることから、恐らく魚に近い存在。

 名を『ミズチ』。現在確認されている中では、唯一の水棲クリーチャー。


〈ルゥオオォォォォ……!!〉


 ところで振動音ってのは、水中だと空気中よりも遥かに良く響く。

 そして湖内の小島に設置されたエレベーターの稼働音は、周囲のクリーチャー達が寄って来るほどうるさい。


 なので十八階層に上がって来た探索者は、騒音公害を受けて憤懣やるかたないミズチと、かなりの高確率でエンカウントすることになる。

 しかも、表面が厚く凍っているとは言え、奴等の土俵である湖の上で。


「姉貴達も一度目の挑戦ではここで足止めを受け、そのまま食料が尽きかけて断念せざるを得なかったそうだ」

「ふーん」


 何せエレベーターの真ん前だ。迂回ルートもヘチマも無い。

 鈍臭の姉貴と対人以外の近接戦は得意じゃないらしい周防オッサンの二人じゃ、このシチュエーションは相性が悪かろう。


〈ラォォオオオオオオオオッッ!!〉

「おっと」


 ミズチの身体は一種のポンプに近い構造をしており、尾から吸い上げた水を口から吐き出すことが出来る。


 縮地で離れた俺達の姿を見付けるや否や、台風時の河川で見られる鉄砲水など比較にもならない水量と水圧で放出される、凍る寸前の冷水。

 Dランククリーチャーの中でミズチが最も厄介だと語られることも少なくない由縁。氷点下の凍土で頭から水を被せられたら、それだけで普通に致命傷だ。

 まあ、こんな水圧まともに受けたら濡れる濡れない以前の話、五体が千切れるどころかタワマン一棟丸ごと倒壊するだろうけど。


 それとついでに、折角倒しても大抵コインが水中に沈むってのもデカい理由だと思う。

 コイン目当ての探索者にとっては、ほぼ戦い損。とは言えコイン稼ぎで十八階層まで来る奴など、立地を考えればそうそう居ないと思うが。


 閑話休題。


「レア、奴の目の前まで跳ばすぞ。俺は水中に居るもう一匹を仕留める」

「ええ」


 水が届く前に縮地発動。

 短距離で三度立て続けに移動し、ミズチの眉間にレアを送り届けた後、少し離れた水面から現れた二匹目へと向かう。


「シィッ!!」


 やはり全力投擲は大量のエネルギーを消耗するのか、通常の刺突を連続で繰り出し、ミズチの頭を抉り、骨も肉も構わず削り取って行くレア。


 そんな光景を尻目、俺は二匹目が水を吐こうとする寸前に縮地で喉笛へと取り付き、首が千切れ飛ぶまで撃ち続けた。





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