第72話 十七階層
「本当に、マジで、ふざけんな」
十七階層に降り立つと、思いっきり吹雪いてた。
横殴りで叩き付けてくる雪。しかも完全に凍ってやがる。
ほぼ砂利が舞ってるみたいだ。殺す気か。
「くそっ。概ね地形とクリーチャーに関する資料しか漁ってなかったからな。まさかここまで冷えるとは想定外だった」
「私もう無理。帰る」
「待て」
くるりと踵を返し、降りたばかりのエレベーターに再度乗り込もうとしたレアを捕まえる。
「ちょっと、胸触ってる。離してエッチ」
「黙れ、こうなったら一蓮托生だ。お前だけ逃がしてなるものか」
しばらく揉み合い押し合いの攻防を繰り広げていたら、風に混ざって鋭利な氷柱が飛んできたので掴み取る。
危ねぇなオイ。
「……どの道、俺達が特級に上がるには、いずれここを通らなきゃならん。早いか遅いかの違いなら、さっさと済ませた方が建設的だろうが」
「私の胸を揉みながら偉そうなこと言わないで欲しいわ。宇宙規模で魅力的な天才儚げ美少女の玉体が目の前にあって、つい我慢できなくなる気持ちは分からなくもないけど」
揉んでねぇよ。てか触ってすらいねぇよ。何さっきから人にとんでもない言いがかりを擦り付けようとしてるんだよ。
痴漢冤罪は悪い文明だって匈奴の王様も言ってただろ。言ってたっけか。
俺達にとってせめてもの幸いは、この十七階層を抜けるための道のりが、そこまで長くないってところか。
いや、姉貴や
なのだが。
「レアてめぇ、自分の足で歩いたらどうだ」
「仕方ないでしょう。こんな強風の中で高く跳んだら、紙切れのように軽い私なんて簡単に飛ばされてしまうもの」
「五十六キロは少なくとも紙切れよりかは重──おいやめろ、脹脛を何度も蹴るな」
燃え盛る槍を背負った状態で俺の背中にしがみ付き、陰湿な攻撃を繰り返すレア。
吹雪が強過ぎて迂闊に跳躍も出来ず、高所移動は縮地で一緒に跳ぶしかないのは分かるが、味を占めて平地でも自分の足を使いやがらねぇ。
まあ、お陰で魔槍の暖が得られてる利点もあるから、文句こそ言いつつも降ろしはしないが。
何せ銃口部に長く魔弾を留めていると、モデルガンが熱で歪んじまう。他三種のファーストスキルと違って纏うタイプのチカラじゃないから、そこら辺の仕様もちょっと変わって来るんだよな。
「ふーっ。ここのクレバスを跨いだら、一気に五時間分は稼げるぞ」
縮地の練度もかなり上がった。連続使用での消耗が一番抑えられる距離とか把握したし、発動直後の硬直もどうにかコンマ二秒ジャストまでに至った。
先週にコソ練しといて良かった。早々と引き上げてくれたレアには、ある意味で感謝。
〈ガロロロロロロロッ……〉
「あ?」
えっちらおっちらと歩き、しかしショートカットを重ねることでかなり順調に進んでいた中、風雪を掻き分けて現れた巨獣。
こんな猛吹雪で、よく俺達を見付けられたもんだな。
「
八階建てビルの屋上に相当するだろう高さに頭がある、ホワイトタイガーに似ているようでどことなく違う感じの白い虎。
言わずと知れた中国神話の四神の一角。この十七階層でしか生まれない、非常に希少なDランククリーチャー。
なお十六階層では『
「どうせ出くわすなら朱雀が良かったわ。火に当たれたのに」
「だな。がっかりだ」
レアと二人で揃って溜息。
獣の骨格ゆえ人語こそ話せずとも俺達の言葉と落胆は理解したのか、白虎は目を血走らせて唸り、こちらを叩き潰すべく前脚を振り下ろしてきた。
「おせぇ。尤も俺を相手に速さ比べは無謀も良いところだけどな」
その巨体に反し、最高時速五〇〇キロメートルを上回る速度で凍土を駆け抜けるそうだが、長距離走なら兎も角、近接戦で俺を捉えるなど不可能に等しい。
レアを背負ったまま、白虎の背に跳ぶ。
四つ足の獣にとって背上は致命的死角。しかも無駄にデカ過ぎて、俺達が乗ってることにも気付いてない。
首の付け根に銃口を突き付け、三発。
頭が吹き飛んだ白虎がよろよろと千鳥足を踏み、倒れ伏す。
その直前に地上へと跳んでいた俺は、後ろから響く重低音に肩をすくめ、再び歩き始めた。
寒いからあんまり動きたくねぇってのに、余計な体力使わせやがって。
「くだらねぇ」
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