第69話 十六階層
「いやクッソ寒みぃなオイ」
十五階層行きのエレベーターから十六階層行きへと乗り継ぎ、計十分近くゴリゴリ音と共に揺られた先での第一声。
「嫌な音が聞こえるんだが。息を吐くと何か凍る音が聞こえるんだが」
「星のささやき、ね。氷点下五〇度を下回ると、起きる、現象」
「ざけんな」
エレベーターを降りた瞬間、防寒着を貫く夥しい冷気。
呼吸の都度、喉が張り付きそうになる。
「アウターの下に着込んだ電熱ベストが何の意味もねぇ」
四方八方の何もかもが冷え切り、静止した凍土。
高かった靴のおかげで氷の上も滑らず歩けるが、数十秒立ち止まっただけで身体の芯まで凍えそうな冷気を凌ぐには全く不足な装備。
成程。二級探索者の過半数以上が一級へと上がりたがらない理由が分かった。
こんな環境、好きこのんで飛び込む者は少数派だろう。
「ちなみに、土曜日が、一番寒い、そうよ」
「思っくそ今日じゃねーか」
「火って偉大だったんだな」
「温かい……」
列を代わってくれた礼と称し、俺達が十六階層に行くと聞いた
紫色に燃え盛る魔槍。一定の熱は感じれど発現者を害することは無いのか、長柄を握るレアの手は僅かにも炙られず綺麗なまま。
銃口部で鉛色に燃え盛る魔弾。超あったけぇ。
「一級探索者は可能な限り付与持ちをチームに入れろって、こういうことか」
「みたいね」
…………。
しかし、しかしだ。この状況も長くは続かない。
「レア。俺達の考えていることは多分同じだと思う」
「ええ」
発動させた者の練度や力量に関係無く、付与が持続するのは丸一日きっかり。
二十四時間が過ぎ去れば、俺達は再び寒気を通り越した冷気に晒される。
日付が日曜に移れば多少はマシになるそうだけれど、そもそも俺は冷たい飲食物こそ好きだが、体脂肪率が低過ぎて寒さに弱いんだ。秋冬にかけての間は冬眠できる熊を羨ましいと感じるくらいにな。
そして十六階層から二十階層への道のりは、使おうと決めていた迂回ルートで概ね往来に七日。ただし帰り道はサードスキルの存在を加味して二日あれば突破可能なルートを選んだため、往復九日。
加えて、ここからは今までの階層のようにマッピングが完了しておらず、各階層の推定面積も少し順路を外れただけで容易く遭難するほど広大。
出現するクリーチャーも、一体一体が超高層ビルをウエハースのように叩き潰せる法外なチカラを備えたDランクが全部で十種。奥に進むほどエンカウント率も跳ね上がる。
つまり。俺達がやるべきことは。
「迂回は、やめだ」
「異議なし」
ひどく不完全な、あちこちに余白が残る地図を開く。
予め赤い線を引いておいたのは、姉貴と
比較的安全ではあるが、徹底的にクリーチャーとの遭遇を避けるため相当に入り組んでる上、地形そのものの歩きやすさは考慮されていない過酷な回り道。
しかも結局は運の要素が強いため、このルートでの踏破も二度失敗してる。
まあ、鈍臭い姉貴や歳のいってる
それで十分。天才は焦らない。どうせオヤジ達が言ってた代理政府主導の二十一階層進出計画が可決されるまで、あと半月以上もある。
六日かけて一階まで戻り、十日程度の余裕を置いてフィニッシュ……と、いい感じに纏める手筈であった。
──が。実際に現場を訪れ、環境を肌で感じ、気が変わった。
暖があろうとなかろうと、こんなところに六日間も居たくない。絶対。
故に。
「試算で往復十五時間だった、天才専用の最短ルートを行く」
「異議なし」
持って来た備え。食料やら何やらを、ほぼ棄てた。
あ、飲んで行こうと思ったコーラが既に半分凍ってやがる。マジふざけんな。
「いや待て。シャーベット状になってて、これはこれで美味い」
「ちょうだい」
飲みかけの半シャーベットコーラをレアにぶん取られた。なんかデジャヴ。
こんな無法が罷り通っていいのか。弁護士団を呼んでくれ、徹底的に戦ってやる。
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