第66話 起点
目を閉じて思い返す。四年前を。
六十秒の惨劇。旭川市とその一帯を滅ぼした大事故。
当時俺達が入っていた雑居ビルの喫茶店は、バハムートからの攻撃の余波を食らっただけだが、それでも直下型地震を受けたみたいな有様だった。
まるでシェーカーに放り込まれたような激しい揺れ。
そいつが収まった時の店内、いやビル内は殆ど壊滅状態だった。
生き残ってたのは俺とオフクロ、そしてエイハとエイハのお袋さんだけ。
しかしながらエイハ達は瀕死の重傷で、俺も分厚いガラスに左腕を切断され、その失血と頭を打った衝撃で一時的に目が殆ど見えなくなっていた。
それでも悠長には構えていられない。
元凶であるバハムートは既に
当時の俺達には何故あんなことが起きたのか知る由も無かったが、あのまま崩れかけたビルで横たわっていたらマズいってのは、誰の目にも明らかだった。
けれどオフクロは両足を怪我し、周りは瓦礫だらけで這って進むことも出来ない。
エイハ達も意識こそあったが到底自力では動けず、あの場で三人を助け出せたのは片腕を欠いた俺だけだった。
──あっちの人達を、先に連れて行ってあげて。
折れた足が痛むだろうに、痛がりで泣き虫毛虫のくせに、ほぼ目が見えなかった俺を心配させまいと精一杯気丈に振る舞いながら、オフクロはそう言った。
そして俺はそれに従った。当時の俺に三人同時に担ぎ出せる体力は無かったし、エイハ達の方が一刻を争う状況だったからだ。
二人を抱えてビルの外に抜け出し、安全な場所まで運び、ある程度の手当てを施し、幸いにも消防署が目と鼻の先だったため署員に二人を任せ、しきりに待ってと繰り返すエイハを置いてオフクロのところまで戻ろうとした時──ビルは完全に崩れ、ガス管か何かに引火し、爆発炎上した。
骨の欠片すらも残さず、オフクロは死んだ。
今のご時世ならどこにでも転がってる、ごくありふれた話だ。
…………。
「俺はあの時、オフクロに言われた通りエイハ達を優先したことを間違いだとは思ってない。そのこと自体は、これっぽっちも後悔しちゃいない」
後になって事の次第を伝えたオヤジも姉貴も、俺を責めなかった。
どっちもバカではないから、優先順位くらいは言われずとも理解出来るのだ。
「アンタは齢七つの天才息子に馬券の的中予想をさせて常習的に荒稼ぎしてた挙句、その金を自分の旦那の政治資金に回すような開いた口が塞がらないレベルのアホだったが、窮地での判断は決して間違えない人だった」
だから、あの場では絶対にああするべきだった。あれこそが最善だった。
天才の俺には、それくらい考えるまでもなく分かるのだ。
でも。だけれども。
「……なあ、オフクロ……もしあの時、俺がもっと……」
何か悔いがあるとすれば、それはエイハ達二人を先に運び出すことまでしか選択肢の中に入れられなかった当時の俺の非力さ。
もし、あの場に居たのが今の俺だったなら、三人纏めてだって担いで行けた。
「……無くなっちまった」
プリンが尽きたので、空の容器が詰まったレジ袋を持って立ち上がる。
これ以上ここに居ると余計なことまで口走りそうなので、帰ると決めた。
墓所の出入り口である石段を下りる最中、ふと昔から言われ続けてた、オフクロの口癖みたいな台詞を思い出した。
──シドウくんは、さいきょーのナイスガイに育ってね!
──母さん、表現が頭悪いしワードセンスも古い。あと週八でそれ言ってる。
──えー!? お母さんそこまで言ってないよ、週七だもん!
「ハッ」
溢れた小さな笑みと共に、空を見上げる。
「週八で言われなくてもなってやるから、安心しろよ」
赤い壁で閉ざされた、遠からず滅びを迎える、不自由で退屈なセカイの象徴を。
「アレをブッ壊せるくらいの、天才で、最強の、ナイスガイにな」
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