第65話 空っぽの墓
手の感覚すら失せた状態で辿り着いた十階層のエレベーターから一階へと帰還した後は、色々大変だった。
前例皆無なワルキューレの召喚成功、併せてのD+ランクへの進化に関する報告。
スロット持ちの協会職員を伴った、十一階層での『オーバーロード』実演。
話す内容が悪名高きボーパルバニーのくだりに入ったあたりで、聞いてる奴等は大半が顔面蒼白だった。
過去の犠牲者と同様、真空波による毛細血管一本すら潰れていない鋭利過ぎる断面で斬られた首三つという、手ずから持ち帰った動かぬ証拠もあったし。
もう最終的には面倒になって取り調べ役をエイハに任せ、ラーズグリーズも職員の言うことを聞くようにと指示した上で一時貸与し、俺は引き上げた。一応病院にも行っときたかったし。自身の頑丈さを過信するような奴はノット天才。
なお病院帰りにはレアの家に寄って、超ホットな最新情報とスリリングな体験談を臨場感たっぷりにペラペラ喋ってやった。
慌てるナントカは貰いが少なくて可哀想だな、と決め台詞を叩き付けてやった時の顔はしばらく忘れん。愉快愉快。
「確か、この列の……ああ、あったあった」
天才かつ最強でナイスガイの俺は怪我の回復速度も人類最強なため、三日もあれば痛めた左脚は大体治った。
そしてその足で、とある場所──オフクロの墓を訪れていた。
「あーあー、ひっでぇ状態だな。さてはオヤジも姉貴も一回も来てねぇだろ。俺も今日初めて来たけどよ」
まあ墓と言っても空っぽなんだが。四年前の旭川で、倒壊の後に炎上したビルの中へと取り残されたオフクロの亡骸は、指の骨一本すら見付からなかった。
だから俺達家族は、基本的にこの墓に興味が無い。ただの石ころに手を合わせに来るような暇も趣味も無いからだ。
「つっても、ここ以外に話が届きそうな心当たりはねぇし、わざわざ旭川の慰霊碑まで行っても同じことだし……取り敢えず勝手に話すわ。聞こえてりゃいいんだが」
じゃないと俺は、こんなところまで独り言をしに来た間抜けってことになってしまう。
誰が間抜けだ。こちとら天才だぞ。
「……エイハ……あー、あの日オフクロが俺に助けるよう言った母娘の、娘の方に会ったよ。元気だった。いや、状況的には割と死にかけてたけど」
未だ十日程度前の話に過ぎない、八階層でのマンティコアとの遭遇を思い出す。
犯罪的な顔面が脳裏に浮かぶ。思い出さなきゃ良かった、記憶から消そう。天才は脳の構造からして違うから覚えておきたいことと忘れたいこと、あとどうでもいいことを綺麗に仕分けられるんだ。
「お袋さんの方も今じゃ元気らしい。会って欲しいとも言われたが、長らく病床の身だった未亡人にこのナイスガイを直視するのは刺激が強過ぎて再入院コース待ったなしだろうってんで、しばらく見送ってる」
道中で買って来た、オフクロが好きだった店のプリンを取り出し──自分で食う。
石ころに供えたって腐るだけだ、勿体ねぇ。しかも、ぬるくなったら美味くないし。
「ン」
ふと、視界の端に大きな岩を見付け、歩み寄る。
崖の上から転がり落ちてきたと思しき、ちょうど二百キロあるかないかくらいかとアタリをつけたそいつに、俺は片方だけの手をかけ、思いっきり持ち上げた。
「らあぁッ!! ぐぅ、らァっ!!」
概ね《人間三人分》の重さ。
肩の高さまで抱えた後、元の位置に放り投げる。
正直、長時間やると流石に腰がイカれそうだ。
だがしかし、何の問題も無く、いけた。
「……たらればの話なんかしても仕方ねぇって、そんなもん天才だから分かり切ってるんだけどよ。合理性だけだと人生つまらんよな。遊びを無駄と切り捨てるような面白味の無い男にはなりたくねぇ、色気が薄れちまう」
腕に残る重さを確かめつつ墓前に戻り、二つ目のプリンを開ける。
「だから、たまに思う。あの時、あの場に……今の俺が居たらってな」
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