第63話 事後報告






「なに? 十五階層の到達報酬ごほうびを勝手に使った?」


 エイハが慣れた手つきで湿布を貼り、テーピングを施してくれたことでひとまず地に両足をつけられる程度には取り繕えた容態。

 幾つかワルキューレに質問があったため、近くの日陰に移って話を聞いてみれば……。


〈はい、使わせて頂きました。御就眠中に身柄を連れ出し、台座に手を置いて起動。いわゆる事後報告というやつです〉

「というやつですって、お前……そりゃ俺は寝ることにかけても天才だから、自分で起きると決めた時間にならなきゃ少々のことでは絶対起きないが……」


 なんでも先程発揮した到底Dランクに不相応なチカラは『オーバーロード』といい、肉体に大きな負荷を強いるため僅かな時間しか使えないものの、局地的にCランクと同等の領域まで出力を向上させる技らしい。

 で、そいつの使用を解禁させるための条件が、十五階層の到達報酬ごほうびなのだと。


「だが待て。あの台座にEランク以外の召喚符カードを嵌め込んでも何も起こらない筈だ。そんなこと、とっくに他の連中が試してる」

〈操作が通常とは異なりますので。後ほど手順の詳細を紙面に起こさせて頂きます〉


 ガーディアン達は白い塔、ダンジョンに関する様々な情報を抱えている。

 その内容の範囲はランクや種族によって大きく差異があり、協会は意思疎通が可能なもの達から積極的に情報を引き出し、資料に纏め、広く周知させている。

 例えば五階層の赤いメダルや十階層のセカンドスキル発現条件などについても、ガーディアン達によって齎された情報である。


「……これが本当なら、凄い話だね。一級に上がる気が無い二級探索者達を十五階層まで連れて行って、台座の起動を代行して貰えば……」

「ああ。十六階層以降での活動規模がグンと広がる」


 分かりやすく『D+ランク』とでも区分すべきか。

 Cランク以上の召喚符カードが一種一枚しか存在しない性質上、こいつは探索者全体の戦力アップが見込める値千金の情報だ。協会に報告すれば報奨金一千万円は堅い。


 …………。

 しかし。


「俺のワイバーン……ノーライフキング……」


 十五階層の到達報酬ごほうびを除くルートでDランク召喚符カードを入手するのは極めて至難だ。

 誰の召喚にも応じず不良品扱いだったワルキューレですら多くの人手を渡り歩いていたほど。まともなDランクならそもそも手放そうと考える者など皆無に等しく、仮に協会に売却されても一時間以内、いや売却予定が入った時点で、例えそれが一年後であっても即買い手がつく。


「……羽付きトカゲや色気の無い骸骨がいかほどのものですか。翼なら私にも生えておりますし、術比べで骨如きに劣る道理などありません」

「ボクの前で堂々とノワールあいぼうをディスらないで欲しいんだけど」


 全くだ。少なくとも品格面では一歩も二歩も上を行かれてると思うぞ。

 強さだけならDランクってだけで十分保証されてる。俺がノーライフキングを気に入った最たる理由は、あの慇懃かつ雅やかな立ち居振る舞いと気配りの良さだ。

 ああいう奴こそ天才の供回りに相応しい。大抵の無茶振りは一晩でやってくれそう。


「チッ……まあいい。さっさと特級まで上がれば、姉貴や周防オッサンみたいにDランクを複数枚所有出来る機会もあるだろ」

〈その時には、シドウ様の第一ガーディアンとして後輩の教育を請け負いましょう。まずは五分以内に焼きそばパンを買って来るところから。代金は当然後輩持ちで〉


 タチの悪いヤンキーみたいなこと言い始めやがった。

 これが年功序列社会が産んだバケモノか。五秒遅れただけで「私を餓死させる気か」とか絡んで来そう。


 ところで。


「なあ。お前としての名前もあるのか?」

〈勿論にございます〉


 優雅に一礼し、では改めて御挨拶を、と前置かれる。


「私はワルキューレ。戦場にて生者と死者の仕分けを行い、勇士エインヘリャルをヴァルハラへと連れ帰る選定者にして、館でのもてなしを行う給仕係ウェイトレス


 どうぞ、とどこからともなく出て来た蜂蜜酒ミードを手渡される。

 飲酒喫煙はハタチになってからなので、そのままエイハに回した。


「特技は戦い。舞い。歌。楽器。乗馬。それから戦闘機の操縦も嗜む程度に」


 なんて? てか、なんで?


「個としての名を『計画を壊す者』──ラーズグリーズと申します」


 確かに俺の、ワイバーンかノーライフキングをガーディアンに迎えるって計画は見事にぶっ壊されたな。

 名は体を表すってやつか。やかましいわ。





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