第62話 ワルキューレ






〈なになになに? うわ眩しっ〉


 俺の眼前へと浮かび上がり、光を放つ召喚符カード

 それを直視し、目を眩ませたボーパルバニーが、ぐしぐしと瞼を擦る。


「ッ!」

〈ぎゃふん〉


 その間隙を逃さず、縮地で距離を詰め、発砲。

 左腿に五発、右膝に三発、腹に六発、目玉に二発。


「チッ」


 だがしかし、やはり外套を貫けない。高ランクのクリーチャーとしては小柄過ぎる体躯も相まって、滅茶苦茶なエネルギー密度だ。

 着弾時の衝撃で半歩のみ後ろに退かせるも、それだけだった。


〈──お下がりを〉


 ふと後方で響く、聞き知らぬ女の声。

 身を翻し、元の立ち位置へと再度縮地。


〈素晴らしい〉


 光が収まり、発生源だった召喚符カードは、絵柄の存在へと置き換わっていた。


〈ともすれば傲慢とすら受け取れる絶対的な自尊心。にも拘らず、貴方は己の欠落を認めるというを乗り越えた〉


 陽光を受けて輝く銀紗の髪。

 ばさ、と広げられた白亜の翼から落ちる、何枚もの羽。


 そして──鼻腔に香る、蜂蜜とアルコールが混ざった、蜂蜜酒ミードの匂い。


〈濡れました〉


 なんて?


〈選定の時は過ぎ去った。今この時より、我が身のすべてを貴方様へと預けましょう〉


 肩越しに振り返って俺を見据える、金の瞳。

 長い沈黙を経て姿を現した、俺のガーディアン──ワルキューレ。


 いや待て、よく考えたらコイツをトレードしてまだ一週間だ。特に長くもなかった。


 まあ、そんなことはひとまず置いといて、だ。


「この盤面で出て来たってことは、DランクおまえCランクあれに対抗する手段を持ってると考えていいんだな」

〈勿論です。遅参の非礼を雪ぐためにも、惜しまず力を尽くしましょう〉


 言うが早いか手にした槍、或いは杖のような武器を掲げるワルキューレ。


〈『オーバーロード』開始〉


 一種だけ周囲から全ての音が消え、次いで激しい耳鳴りと共に熱量が噴き上がる。


 それは明らかにDランクの、ケルベロスやギルタブリルが内に抱えていたエネルギー量を遥かに凌駕した領域のものだった。


〈ぐ、うぅっ……ああっ!〉


 ワルキューレの背中が軋む。

 新たに一対、肌身を突き破り、四枚となった翼で空へ舞う。


〈──鳴り響く角笛。三度続く冬。ムスペルヘイム、炎の剣。虹の橋ビフレストを砕きし砲弾〉

〈あ、枝毛発見。やだーもー〉


 ボーパルバニーへと向けられた矛先に、逆巻く熱量の全てが収斂される。


 そして。光熱の柱が撃ち出された。


〈『破界ラグナロク』〉

〈ほえ?〉


 刹那の極光。照射時間は、恐らくコンマ一秒程度。

 逆に言えば、たったそれだけのごく短時間で、あれだけの熱量を完全に放出しきったということ。


 凄まじい出力。その余波に過ぎない突風ですら、まるで小規模な竜巻。

 吹き飛ばされぬよう、エイハ共々に身を低くして堪える。


〈戦闘終了、出力正常化。肉体への負荷、ややレッドゾーンなれど許容範囲〉


 やがて濃く立ち込めていた白煙が晴れ、降りて来たワルキューレ。

 増えた分の翼が先端から塵のように崩れて行き、再び二枚翼となる。


「仕留め……ては、いないか」

〈逃げられました。もうこの階層内には居ません。当分は現れることも無いでしょう〉


 地面をごっそりと抉り取り、数十メートル地下の白い芯材まで到達した、円柱状の巨大な孔。

 ……あれだけの熱量を受けても芯材は全くの無傷。穴の側面は真っ赤に融けていると言うのに、蓄熱すらしていない。


 やはり、芯材の破壊は不可能か。


〈塔の仕切りの緩みが大きくなり始めている……このようなタイミングで寄り添うべき勇士に巡り会えるとは、私も運が良い。いえ、これも運命と呼ぶべきでしょうか〉


 何事か呟きながら、そこで初めてワルキューレが正面から俺の方を向く。


 エイハやレアよりも高い、一八〇センチ近い上背。

 女性と扱うなら長身だが、Dランクのガーディアンとするなら度を越えて小柄。身体つきそのものも筋肉質とは呼べない。外套さえ纏っていなければ、本当に人間と言われても疑わないだろう。

 一体どこから、あれだけのエネルギーを引き出したのやら。


〈まずは、足の手当てを〉

「あ……それなら、ボクがやるよ。よく子猫ちゃ──欠員補充に臨時で組んでたチームの子達を診てあげてたから」

〈分かりました。お願い申し上げます〉





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