第60話 ボーパルバニー






〈キャハッ、キャハハハッ! また避けた、避けた避けたっ! まな板の上で暴れるニンジンの役、上手上手!〉

「ハッ、当然。俺を誰だと思ってやがる。そんなものは朝飯前だ」

〈朝ごはん? いいえ、いいえ、だってもうすぐお昼ごはん!〉


 意味が分からない。何故Cランククリーチャーが十三階層ここに居る。


 Cランクガーディアンがそうであるように、Cランククリーチャーもまた一種類につき一匹しか存在しない。

 つまりボーパルバニーが巣の外に出てるってことは、ってことだ。


 だがしかし、それを行える手段はエレベーターだけ。そしてクリーチャーが乗り込むとエレベーターは動かなくなる。

 その階層で直接生まれたのだろう今までのイレギュラーとはワケが違う。本当に意味が分からない。


 ──落ち着け、俺。天才は慌てない。どんな時でも余裕を持て。


「どうやってここに来た」

〈チャリで来た! チピチピチャパチャパルビルビラバラバ!〉


 話が通じねぇ。しかもネットミームに毒されてやがる。

 どこで覚えたんだ。崩界以降ネットなんざ半分死んだも同然だってのに。


「エレベーターに乗ってきたのか」

〈キャハハハハハハハッ! キャハ、キャハハ、キャハハハ──げほっ、げほっ!〉

「チッ……」


 情報を抜き取るのは無理そうだと諦め、天才の知能を総動員し、考える。この急場を切り抜けるための方法を。


 戦うのは最後の手段だ。俺が知る限りの情報から言って、サードスキル無しじゃCランクの外套は絶対に貫けない。

 逃げるのも難しい。ボーパルバニーは全力で動くとソニックブームを発生させると姉貴が言っていた。つまり超音速。背を向けた瞬間に終わる。


 ──時間を稼ぐしかない。


 資料によるとボーパルバニーは非常に気まぐれで、例え戦闘中だろうと飽きてしまえば切っ尖を収めて消える。

 だから挑んだうちの何人かは運良く生き延び、貴重な情報を持ち帰った。


 数分も粘れば、奴は俺達から興味を失う筈。それまではこの唐突に開催された動物ふれあいフェスティバルで、ちょっとばかりスリリングな鬼ごっこだ。

 そう方向性を定めた俺は、さっきの強引な縮地で痛めた左脚を地につけず浮かせたまま、少し動かしてみた。


「ッ……」


 だいぶ強く痛む。感触からして腱を切ったとかではなさそうだが、筋を違えたか。

 片脚でも縮地は使えるものの、エイハを抱えて逃げ回るとなると流石に厳しいな。


 まあ、足腰の力をしっかりと切っ尖や穂先まで伝わせなければ破壊力半減以下の剣や槍とは違って、よしんば両脚が潰れようとも腕一本さえ残っていれば銃は問題無く撃てる。そういう手軽さも武器としての利点のひとつだ。


 狙うなら急所や関節部。あそこまでヒトガタ寄りなら、骨格や内臓といった中身の構造も大体人間と同じだろう。例え外套を貫けずとも、多少出足を鈍らせるくらいは出来るやもしれん。

 食らえ、片手ファニングショット九連射。


〈げほっげほっ……あらん? 今、何かしたかしらん?〉


 そのスピードで全弾躱しておいて白々しいウサギめ。

 まったく人をイライラさせるのが上手い奴だ。


 …………。


「なんてな」


 咳き込んでいたボーパルバニーに、避けるそぶりなど一切なかった。

 と言うか音速程度で躱せる弾速じゃねぇ。せめて雷速は無いとな。


 では何故当たらないのか。馬鹿でも理解できる至極簡単な理屈だ。


 そもそも俺の弾が、ゼロ距離以外で当たるワケねーだろ。






 死ぬほどヘタクソなんだから。





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