第59話 太刀影
不世出の天才たるこの俺が、一片の思考すら挟めず、無心で動いていた。
「エイハッ!!」
体当たり同然にエイハを担ぎ、遮二無二になって縮地を発動。
最大距離を移動し、脚を突き立てるようにブレーキをかけた。
「チィッ……!」
ぶぢ、と左脚から嫌な音と感触が伝うも、構わず背後を振り返る。
鈍色の軌跡が、コンマ数秒前まで俺達が居た場所──そして、今俺達が立っている場所の数メートル手前まで含んだ滅茶苦茶な広範囲を、横薙ぎに両断した。
〈キャハハハハハハハハハハハハハッ!!〉
鼓膜に突き刺さる、甲高く甘ったるい嬌笑。
次いで、弧を描いて俺達の方へと飛んで来た、ノーライフキングの上半身。
「ノ……ノワー、ル……?」
〈申し訳ありませぬ、エイハ様……王子殿……我が主を、お頼み申す……〉
口惜しげに無念と懇願を遺し、
絵柄がモノクロになって暗転している。過度なダメージによる八時間の強制休眠か。
この状態で
〈キャハッ、アハハハッ! 避けた、避けた、避けられたっ!〉
軽く半径百メートル以上に斬撃を飛ばし、小柄な分エネルギー密度が高い外套の強度はDランクでも上位に連なるノーライフキングを含め、太刀筋に触れる全てを断ち斬った元凶。
〈オモチャ、オモチャ、オモチャのチャチャチャッ! 見つけた、見つけた、ワタシの新しいオモチャッ!〉
ぴょん、ぴょん、と軽やかに、しかし一度で何百メートルもの跳躍。
途方も無い脚力と体幹を兼ね備えた、正しく人外であることの証左。
〈遊びましょ、遊びましょ、遊びましょっ! 何がいいかしら、おままごとがいいかしら! じゃあアナタ達は夕食のシチューに入れるニンジンの役をお願いね! 綺麗なひと口サイズに切り刻んで、ぐつぐつ、ぐらぐら、ぐちゅぐちゅ、ぐちゃぐちゃ、煮込んであげる!〉
上下逆さに、腕一本で着地したソレ。
一見すると、何かの骨で造られた刀を握る、バニースーツを着た若い女。
けれど顔の横ではなく頭の上に長い兎耳を持ち、目玉は強膜、つまり白目の部分が黒く反転した異形。手足も一部が髪と同じ、真っ白な毛皮で覆われている。
──こいつだ。
〈三角、真四角、ばらばらばらばらっ!〉
再びエイハを抱え、最大距離での瞬間移動。
跳んだ先から膨大な範囲が賽の目状に斬り刻まれる光景を見とめつつ、俺は十三階層に降りてすぐ感じた圧の出所を奴だと確信し、次いでその正体に行き着く。
──何故、こいつがここに居る。
ズレた功名心からの蛮勇を発揮した一級探索者達が無謀にも挑み、或いは可愛らしい外見に騙くらかされた輩が対話を望み、けれど接触した者は大半が無惨に斬り刻まれた、返り血塗れの怪物。
二十一階層を巣とする筈の、悪名高き首狩りウサギ。
過去八年間、討伐例皆無のCランククリーチャー、その一匹──『ボーパルバニー』。
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