第58話 間隙
百枚に及ぶ一円玉サイズのコインの小山だけ遺し、跡形も無く消え去ったギルタブリル。
度重なる攻撃の余波で抉れた地面や砕けた岩なども、多少時間が経てば元通りとなる。
こうして事が終わると、Dランククリーチャーなど初めから居なかったかのようだ。
まあ後ろの探索者チームの一人は相変わらず虫の息だから、充分に爪痕は刻まれているんだが。
弱々しく上下する探索者の胸元に、エイハが手を置く。
同時。青いオーラが半死半生の体内へと流れ込み、壊れた箇所の修復を始める。
折れ砕けた骨は癒え、潰れた内臓も癒え、無数の傷やアザも見る見る薄れて行く。
仲間二人が草薮の中から必死で探し出した指三本と左耳も、痕すら残さず綺麗に繋がった。
「……パーツ無しでも欠損を治せれば、シドウの左腕も……」
「おいおい、
三十秒ほど逆再生のような光景が続き、やがて半死人だった探索者は小さな呻き声と共に目を覚ます。
真っ青な表情でその光景を目にした仲間二人は、喉が潰れんばかりに歓声を上げた。
「礼は要らん。ただ他言無用を誓え。親、兄弟、親族、知人、友人、恋人、たとえ誰が相手であろうとも」
涙ながらに感謝を訴える探索者達へと、俺はそう言った。
「エイハは美しく優しい女だ。請われれば誰の傷病であっても無償で治すだろう。そうすることで自分が不利益を被るとしてもな」
治癒の使用で疲労し、甘いものが苦手なため辛そうな表情でゼリー飲料を嚥下し栄養補給するエイハを、ちらと見遣る。
「彼女に対する恩義を仇で返すことは許さない。俺は稚児には手を差し伸べることもあるが、低劣な愚物には相応の態度で接するぞ」
縮地で三人の正面から背後へと周り、それぞれの耳元で囁く。
「もし今後、エイハのセカンドスキルについてどこかに情報が漏れたら、お前達がどこに居ようと俺が探し出して──この世に生まれてきたことを後悔させてやる」
返ったのは、赤べこ並みの首肯。
素直でよろしい。
探索者三人が立ち去ってから暫し。
未だギルタブリルとの戦闘を行った地点に留まっていた俺は、ノーライフキングに問いを投げかける。
「お前は俺達がエレベーター前で感じた気配の正体が、さっきの奴だと思うか?」
〈恐らく違うでしょうな。濃さも重さも、明らかに別物だった〉
「やはりそうか」
確かにギルタブリルは雑魚ではなかった。舐めてかかれば俺でも足元を掬われかねない程度の力量は有していた。
しかし、言ってしまえばその程度の奴を相手に何キロも先から警戒心を掻き立てられるなど、起こりうるのだろうか。
「え……じゃあ、あれ以外にもこの階層にDランククリーチャーが!?」
「……かもな。まあDランクなら大した問題ではないんだ、が──」
呟く最中、ごろごろと足元に転がって来た、サッカーボール大の何か。
「あぁ?」
なんとはなしに見下ろすと、それは──つい先程に別れたばかりである探索者三人の、各々恐怖に目を見開かれた、まだ温かい生首であった。
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