第52話 あと少し






 リッチの進化が終わったなら、取り敢えず十五階層での用は片付いた。

 何せ俺はEランクの召喚符カードなど持っていないからな。到達報酬ごほうびを使おうにも使えん。


 復路用の飲み物と軽食だけ補充し、カプセルベッドで八時間の睡眠を取ってからの出発とし、一時解散。

 今頃レアの奴は自宅で悠々くつろいでるかと思うと腹立たしい限りだが、なんだかんだ十時間近い往路。許容範囲内というだけで、確実に疲労は刻まれている。


 常に万全の状態で物事に臨むなど土台不可能な理想論だが、限りなく理想に近付けるようマネジメントするのは当然。

 天才に抜かりは無い。休息をおろそかにしては、最強の名折れだ。






「…………」


 俺は寝ると決めて横になったら三十秒で眠れるし、起きると決めた時間ぴったりに起きられる。

 天才は睡眠に於いても天才なのだ。タイマーなどという女々しいもの、生まれてこの方一度たりとも使ったことが無い。

 いや、タイマーの何が女々しいんだ。便利だろ普通に。


 閑話休題。


「……またか」


 目覚めた直後、以前にも感じたことのある違和感にベッドから身を起こす。


 蜂蜜とアルコールが混ざった仄かな匂い。

 俺の体温よりも高くなっているシーツ。枕元のあたりに残る、誰かが先程まで手を置いていただろう微かな皺。


 そして──懐から膝に滑り落ちた、一枚の召喚符カード


「そう言えばワルキューレは、ヴァルハラで戦士達に踊りや歌を披露し、蜂蜜酒ミードなり麦酒エールなりを振る舞うんだったか」


 そんなもの振る舞われても俺は飲めないけど。

 飲酒喫煙はハタチになってから。ついでに酒は兎も角、煙草を吸う気は無い。


「……お前が何故、姉貴や周防オッサンの召喚にすら応じなかったのかは、この際どうでもいい」


 ひらひらと手の中で召喚符カードを振り、語りかける。


「ハッキリ言うが、俺は貴様に等級を上げるために不可欠な書類上の要項を満たす以外の役目は、特に求めていない」


 だから。


「理由は知らんが、出て来たくないなら出て来なくていい」


 カタリ、と召喚符カードが微かに震えた。


「逆に、出て来たくなったらいつでも出て来い。俺は貴様に何ひとつ強制しない」


 サンダーバードとワルキューレ。

 Eランクガーディアン七種のいずれからも進化せず、モノリスから直接引き当てることでしか入手不可能な二種。


 取り分けワルキューレは、四枚存在するサンダーバードと違い、過去八年間で今この場にある一枚しか排出されていない。


 故にその性質も気質も能力もも、何もかもが不明瞭。

 何十人もの手に渡っては離れ、俺の元に行き着いた曰くつきのジョーカー。


「……しかし、いい加減ガーディアンの一体も連れていないと箔がつかんな。協会に在庫を問い合わせるか」


 一級や特級に上がれば、Eランク召喚符カードを優先的に回して貰える。そうすれば十五階層ここの到達報酬を使うことも可能となる。


 尤も、二十階層でサードスキルを発現させるための条件を考えると、当面は本当に箔付け以上の意味も価値も持たないのだが。


「さて……そろそろエイハを起こすとしよう」


 召喚符カードを懐に仕舞い、鍵を開けてカプセルベッドを出る。


 そして。俺がエイハは寝る時には全裸派だと知るまで、あと数十秒。





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