第50話 一番乗り






「あら。遅かったわね貴方達」


 ハルピュイアをゼロ距離射撃で蹴散らした後、更に何匹かのクリーチャーを屠りつつ到着したエレベーター。

 揚々と往路最後の鉄火場、十四階層へと降り立ったら、チョコレートを齧るレアが居た。


 と言うか。


「おい。お前の横に居るのはなんだ」


 周囲の空気を押し潰さんばかりの圧。怪物という表現すら生ぬるい存在感。

 にも拘らず、レアに向けて文字通り尻尾を振り、で甘えるように鳴く獣。


 間違い無い。協会のリストで写真を見た。

 Dランクガーディアン九種の一。ガルムの上位種──『ケルベロス』だ。


「鏡を見てたら、なんか汚らしいクリーチャーに襲われたのよね。払ったら潰れて吹き飛んだけど」


 俺達も遠目に見たワームだな。


「そしたら貴方達が居なくなってるじゃない。迷子にでもなったのかと思って、ガルムに乗って探したのよ」


 コインを所持していないレアならば、ガーディアンに騎乗し高速での移動が可能。

 ガルムの俊足は短時間ならバイコーン以上で、時速三二〇キロメートルにも達する。

 あっちが最速のEランククリーチャーなら、こっちは最速のEランクってワケだ。


「でも見付からなくって。それでどんどん先に行ってたら、十五階層に着いちゃったの」


 なんだろう。嘘つくのやめてもらっていいですか?


 長時間一緒に行動していた人間二人を探し当てるなど、ガルムの嗅覚なら容易い。

 レアの奴、単独となったのをいいことに抜け駆けしやがった。


「……マジで風情のねぇ女だ。だァから四.八ツ星止まりなんだ」

「あらぁ。もしかしてシドウ君ったら、まだ十五階層に着いてなかったのぉ?」


 なんだこの煽り厨。

 どうしよう無性に腹立つ。


「……ハッ! ガーディアンにおんぶされてクリアとはな! 次はなんだ、抱っこでもして貰うのか? 賢いペットが居て羨ましいねぇ!」

「これも人徳よ。召喚すらできない貴方のと比べるのは、流石にちょっと可哀想かもだけど」


 こいつ俺の召喚符カードのこと知ってやがったのか!

 知っててあんな、世にも空々しいことを!


「ふふふふふっ。じゃあ私はお風呂にも入りたいし、ひと足先に帰るから。わざわざ貴方が出してくれた欠席届も有効活用して、週末と週明けはリフレッシュに使わせて貰うわねぇ」


 そう言ってケルベロスを召喚符カードに戻し、俺とエイハが降りたばかりのエレベーターに乗り込み、十三階層へと下って行った。

 ガルム相手ですら比較にさえならないケルベロスのスピードなら、一時間どころか三十分あれば、エレベーターでの移動時間込みでも十階層まで帰り着く筈。


「…………」

「あ、えっと……シドウ……?」


 まあ落ち着け。天才は焦らない。

 あんな風に人生を急げばホラ、こんな風に足元に咲く一輪の花にさえ気付けない。


 ゆとりだよゆとり。常に余裕を抱えてこその天才。

 はははははははは──ふざっけんじゃねぇぞ、あのアマ。


「エイハ。コイン全部棄てて良いぞ」

「……え? え、でも、もう四百枚くらいある──」

「棄てろ」

「うん。はい」


 ジャラジャラと音を立て、魔甲の其処彼処から吐き出される大量のコイン。

 四百枚、換金すれば概ね三十万円ちょっと。知ったことか。


「軽くなったな?」

「うん……」


 地図を出し、方角を合わせる。

 あっちだな。


「じゃあ走るか。十五階層行きのエレベーターまで約十三キロ。ちょい早めに走れば、三十分ぐらいで着けるだろ」

「え。あの、それ計算合ってる?」


 合ってるに決まってる。こんな簡単な算数、天才が間違えるか。


「行くぞ」

「あ、ああ、ちょ、待ってぇ」





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