第49話 六十秒の惨劇






 北海道セカイが赤い壁に閉ざされ、混乱の渦中で多くの人々が死に絶え、ただ日々を生き抜くために誰もが必死だった、崩界直後から三年続いた黎明期。


 それを終わらせたのが、道知事だったオヤジを代表とする代理政府。

 野良犬じみた場当たり的な生存活動ではなく、明日どう過ごすのかを見据えた地盤を作り上げ、跡形も無く壊れた秩序を刷新させた。

 未知という恐怖の象徴でしかなかった白い塔にダンジョンという耳馴染みの深い通称を与え、コインから変換された物資をばら撒くことで、怪物の巣ではなく資源の宝庫として人々に希望を抱かせた。


 そうやって皆が少しずつ前を向き、新たな摂理へと置き換わった北海道セカイに順応しようと歩き始めた過渡期を迎え、一年が経った頃。

 即ち四年前。あの出来事が起きた。


 ──Bランク召喚符カードによる、当時はまだ一緒くたにクリーチャーと呼ばれていた、ガーディアン『バハムート』の暴走。


 召喚の余波で当時の所有者が意識を失い、再び目覚めて停止させるまでの約一分間、主を何者かに傷付けられたと勘違いしたバハムートは暴れに暴れ、旭川市北東部を中心とする直径数十キロ圏内を瓦礫の地平に変貌させた。


 死傷者百万人以上をマークし、当時の召喚符カード所有者は罪の意識に耐えられず自ら命を絶つに至り、以降全ての召喚符カードに対して相応の管理が敷かれるようになった、北海道セカイどころか日本史上でも最大規模と言える未曾有の大事故。


 通称──『六十秒の惨劇』。






「ボクはキミに二度も救われた。ボクだけじゃなく母さんまで救ってくれた」


 全人類からの信奉を一身に受けるべき俺だが、生憎そのことに関する礼讃だけは素直に受け取り難い。


 何故ならあの日の出来事は、俺の人生に於ける最大の失態でもあるからだ。


 ……まあ、別にエイハ達の方をこと自体を後悔はしちゃいないが。

 もし何か悔いがあるとすれば、片腕を失くし、失血と頭へのダメージで一時的に殆ど目が見えなくなっていた程度で三人同時に運び出すことすら出来なかった、当時の俺の非力さだ。


 あの日を境に、四ツ星の単なる天才でしかなかった俺は、何もかもパーフェクトな五ツ星の天才かつ最強なナイスガイとなることを誓った。


 ポーカーあたりで例えるところのフォーカードからファイブカードへの進化。

 場に出た瞬間全てを降す、何もかもを終わらせる最強の役。


「キミのためなら、なんでもする」


 故にこそ、熱量の半分は幼く未熟でナイスガイに程遠かった頃の俺に対し向けられているエイハの憧憬と恩義を直視するのは、昔の写真を見ているかのようで、こう……痒い。


「……なんでもすると言うのなら、まずは後ろから着いてこい」


 俺にとっては平坦な道を歩いているつもりでも、他の奴にとっては切り立った崖を登るに等しい、なんてのは日常茶飯事。

 俺と同じ地平に立てるのは、レア一人だけだ。


 しかし。だからこそ。


「苦難に揉まれてこそ漢は磨かれる。励めよ一ツ星」

「うん。ボクは女だけど、頑張るよ」


 胸元に手を添え、微笑むエイハ。

 よろしい。ただし、もしも努力の必要性が出てもコソ練だぞ。それが天才の心得。

 深夜の境内で秘密特訓とかオススメ。もし人に見られたら斜め四十五度から手刀を見舞うといい。都合良く相手の記憶が飛ぶ。


「話は終わりだ。ハルピュイアが一匹、風下に来てる」


 リボルバーを引き抜く。

 数百メートル先を滑空するハルピュイアの心臓目掛けて狙いすまし、撃ち放つ。


「──当たらねぇ」





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